ハンダ付け

hamaji
·

職場の研究所の対外イベントが、4月の末にあった。年に一度、ちびっこと保護者が大挙して職場に来る日だ。


例年、一つの名物コーナーに、はんだ付け体験がある。大したことはしない。LEDとバッテリースリーヴとピンを基板にはんだ付けしてボタン電池を差し込むとピカピカ光る。基板のオモテには "I CAN SOLDER" (はんだデキル)と書いてあり、基板はロボットとかドクロの形のバッジになっていていかにも子供が喜びそうなものだ。

はんだ付けというのはスズと鉛の合金であるはんだで、導電線やパーツと基板を力学的にも電気的にもつないで固定する、電気・電子工作の基本的なテクニックである。使うのは、先端部が高温になってはんだを熱して溶かすはんだごてという器具だ。

そのコーナーでは参加者一人一人に、研究所員のボランティアがついて指導する。もちろん昨年もあったのだが、私は自分の所属する研究室のブースが忙しかったので離れられなかった。その時2歳だった子供と所内を歩き回っていた妻が、ボランティアに作ってもらった。嬉しそうにしている妻からピカピカ光るバッジを見せてもらって裏を見て私は目を剥いた。

なんというイモ!


イモ、とは「イモはんだ」、すなわち固定が不十分で「ジャガイモ」のような形状になってしまった、望ましくないはんだ付けを描写した表現である。

はんだごてで熱したはんだは溶ける。この溶けたはんだを導電線や基板に載せてもうまく広がらない。はんだを加える前に導電線や基板も適切に加熱しておかなくてはいけない。ちゃんと熱しておかないと、はんだは導電線や基板に速やかに広がってくれないで、金属面に接するや否や熱を奪われて固まってしまう。後から後から溶けたはんだを追加されても同じで、十分な熱が残っていないのでどんどん丸い球形に近い形状になってしまう。これが「イモ」と呼ばれる形状になる理由だ……と理解している。

これを避けるためにはどうすればいいのか。当然、十分熱することだ。しかし、それが実は初心者にとっては高いハードルになる。いつまでも熱しているとパーツが破損する恐れがある。では、はんだが流れる一方でパーツは破損しない、加熱のスイートスポットは、どのあたりにあるのであろうか? これが初心者にはわからないからイモはんだができてしまう。

ある程度の経験を積んでくるとわかるが、加熱しながらはんだを差し込んでいけば、熱の供給とはんだの供給が同時に起きるのでうまくいく。あまり経験のない人のはんだ付けを見ていて、熱による破損よりも圧倒的に加熱が不足していることの方が多いと思った。


私は今でこそ生物学をしているのだが、中学生でハンダゴテを手にいれてからしばらくはんだ付けに没頭し、大学に入学するときも工学部に進学して電子工学をやる気だった。その後、何を間違ったのか生物学に鞍替えしてそのまま博士号まで得てしまった。そのような経緯ではんだ付けをしていた頃から二十年以上経過しているのだが、昔とった杵柄で、はんだ付けに対する目は厳しい。

もちろん所内のボランティアといったって大半が生物学者で、ハンダ付けの経験もそこまであるわけではないだろう。それにしたってもうちょっとうまくやろうぜと思ったので今年は私がハンダ付けのコツを、別に頼まれてもいないのにスライドにまとめてレクチャーしていた。完全に余計なお世話だ。


元々このイベントは植物の研究にミニコンピュータのラズペリーパイを活用する所員が対外イベントとして地元の子供達を対象にイベントを打ったことが始まりだ。アメリカの研究所には珍しくないことだが寄付をかなり熱心に募るしフィランソロピストを自認する人たちも多い。それだけではなく税金の優遇措置のことも言える。子供達を対象に存在感をアピールすることは重要らしい。

@hamaji
インターネットのしずかさに憧れながら近寄れないでいたのをほんの出来心でアカウントを2024年4月9日開設しました。世界一物騒な名前の育児ブログを thinkeroid.hateblo.jp で書いていますが、すぐ珍文の羅列になってしまうので、ここではせめて鎮文にしたいと思っています。米国セントルイスで生活し研究し育児しています。