2023年夏の休暇

hamaji
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昨年8月に3日間だけ休暇を取った。家から1時間ドライブしたところにある、ミシシッピ川とイリノイ川が合流するあたりのロッジに行った。ホテルのようなユニットが並ぶ本館と、コテージの部屋とを選ぶことができたのだが、せっかく家族三人でいくということもあって、特別な感じがあるコテージの部屋にした。

わたしの経験では、宿泊施設はビジネスホテルのような利用が多かった。日本の宿泊施設の料金体系だと、あたま数で宿泊料金がかかるという印象が強かった。しかしアメリカの宿泊施設はどちらかといえば、部屋単位で料金がかかる印象がある。単独行の時はそういう部屋単位の課金に面食らった。日本のビジホのような単独行にちょうどいいサイズではなく、過分のサイズに過分の金額がかかっていた。今でこそ、アメリカでもAirbnbが一般化したから色々と価格の感じも違うのかもしれない。しかし今の私は逆に、家族ができ、もう単独行がしづらくなっている。そして家族での旅行ではかえって、部屋単位での課金がありがたい。一泊百数十ドル程度、日本のビジホでは高いが、三人家族ではこういうものだろうと思える。

子供は2歳半を過ぎて活発になった。コテージというしつらえに惹かれたのはこの子供がいつどれだけ泣くかしれず、それがホテルだったらホールにどれだけ響き渡るかわからないと考えると、コテージという離れにいた方が音が響かなくていいのではないかと思った。我が子の歳も含めて、旅行らしい旅行というものもどうやらしてみようという時期が来たのだと観念した。


その休暇をどう過ごしたか事細かに書くより、掻い摘んで書いたほうがいいだろう。また地域的にも、日本語で書いて「よし、ここに行こう」と思って選ぶような場所でもない。

結局は、近隣の都市であるセントルイス近郊から近すぎず遠すぎず、交通の便が良すぎず悪すぎず、世界レベルはおろかアメリカ国内レベルでみてそこまでパッとした由来のある場所では必ずしもないが、さりとて全く由来のない場所ではない。非常に微妙な、それでいて訪れてみれば落ち着くことができて景色も良く適度にリーズナブルにリフレッシュすることができるロッジである。

要するに首都圏でいうところの伊豆・箱根・熱海であり、関西圏でいうところの有馬温泉であり、中京圏でいうところの下呂温泉であり伊勢志摩であるだろう。

アメリカということで温泉には恵まれていないのだが、悠々とした大河が流れ、静かな北米中西部の雰囲気に、妻も喜んでくれた。


ロッジのコンセプトとしてはだいぶ大規模なログハウスと言えばいいだろうか。本館は建築から80年が経過して年季を感じるものの、それが喧騒から隔絶した滞在を暖かく迎えてくれたと思う。

子供はそのロッジ本館のホールにある広間に置かれていたジェンガに興味を奪われて延々とブロックを引き出していた。それが2歳半にしてはよくもスムーズに引き出す。

塔を崩さないで引き出せるブロックをどうやって見分けるのだろうかと不思議に思ったが、視点を変えればすぐにカラクリらしきものに思い当たった。

そもそも塔が崩れるというのは、力のかかっているブロックを無理に引き出してしまってバランスを失うことだ。そして、上下から力のかかっているブロックを引き出すためにはそれ自体で力が必要になる。

しかし我が子はまだ2歳半なので、力がそもそもそんなに強くない。そしてブロックを引き出すためには力のかかっていない、つまり崩壊を引き起こさないように力がかかっていないようなブロックしか引き出せないということだ。


実はここを選んだのは、10年ほど前に職場全体の合宿(リトリート)の会場として3回滞在し、気に入ったからだった。その後、職場は規模が拡大して、ロッジが規模に見合わなくなったのか、全く別の会場が選ばれるようになってしまった。当時から在籍する同僚に聞くと、結局あのロッジが会場として一番良くて、その後の会場となったYMCAなどはちょっと残念だったという。

本館ホールは10年前のリトリートの夜にはカラオケ会場になった。アメリカで私が経験したカラオケは日本のカラオケボックスとは違う。ディスクジョッキーがいて、そこに紙でリクエストする。順番が来たらステージで歌う。フロアはどちらかといえばクラブに近い雰囲気になる。踊る人も出てくる。

その頃わたしはどちらかといえば仕事もマイナーだったので所内での存在感は薄い方だった。それがカラオケを機に、やや顔を覚えてもらった。普段コーヒータイムが平日にあったのだが、カラオケ以来、話しかけられることが増えた。

英語の曲を歌うことができたのは、母親が80年代のヒット曲コレクションのコンピレーションアルバムを買ったのを高校時代以来の私が延々聞いて覚えていたためである。ヒット曲コレクションと言っても、ほぼ全部が一発屋だが、それがレーベルごとにまとめているので成立している。逆に、ピンで売れるヒットメーカーなどは入っていなくて、その結果私の音楽の知識からはヒットメーカーが欠落していたことにのちに気がつくことになった。


そのリトリートの頃は単身での参加だったからコテージではなく本館のツインルームに同僚と相部屋で、快適ながらもそれほど普通のシティホテルとの感覚の違いはなかったのだったが、今回(つまり昨年)家族と宿泊したコテージは格別だった。コテージも本館と雰囲気の似たログハウス風で、しかもホテルのように一つの面が窓に向いているのではなく、三面に窓があって周囲が見渡せる。部屋を出ればすぐに森の中という趣で、キャンプのような気分が味わえる。ある日などは窓から猛禽類が屋外に止まっているのが見えた。ロッジ自体が喧騒を離れているのが、コテージでさらにしずかな雰囲気が高まっていた。


しずかなインターネットというサービスを使い始めるにあたってどういう記事を書いて公開しようかと考えあぐねていた。なんでも書いていいだろうが、しかし、せっかくしずかにしたいということだからしずかな話題がいいなと思った。物申すような話題、役立つような話題、ライフハックする話題、耳目を集めるような話題ではなく、さりとて、通り一遍の話題や、やたらと内面に沈潜したり、変に細かいことにこだわるようなことも躊躇われた。

そうやって入力・記入画面を眺めながら色々いじっているうちに、ムードという機能があることに気がついた。焚き火とか森といったテーマを選ぶことができるらしい。背景が変わり、環境音が当てられる。いま書いているのは土曜日の夜で、夜として焚き火ムードを試して焚き火のことを書くのもいいと思ったのだが、ひとまず他のも試してみるか、と思って「森」にしたところで、森閑とした中に響き渡る鳥の声が環境音として挿入された。

春や夏のアメリカの朝は実に鳥の声がよく響く。4時ぐらいからうるさいぐらいの鳴き声が響いている。早朝から仕事をしなくてはいけないような時に通勤すると特に鳴き声をよく聞くことになる。その鳴き声もあってロッジのことを強く思い浮かべ、またロッジに行きたいという思いが頭をもたげてきた。そしてロッジのことを書きたいと思った。ロッジのことを考えたい。それがこの記事のとっぱじめであった。

@hamaji
インターネットのしずかさに憧れながら近寄れないでいたのをほんの出来心でアカウントを2024年4月9日開設しました。世界一物騒な名前の育児ブログを thinkeroid.hateblo.jp で書いていますが、すぐ珍文の羅列になってしまうので、ここではせめて鎮文にしたいと思っています。米国セントルイスで生活し研究し育児しています。