2023/01/08 「愛しい靴擦れを抱えて」

剥製
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朝目覚めたとき、無性に悲しい気持ちを引きずっていた。 怖い夢を見たわけでも、特定の悲しいことが起こったわけでもない。 なのに、無性に悲しい。

なにか、大変なことをしでかしてしまったのではないか、という疑念に心臓を圧迫されて、布団の上で身動きが取れなくなった。 一昨日行ったサロンでぎゅいんぎゅいんに上げた睫毛の横から、生温かい涙がだらだらと零れていく。 今日は、そんな日だった。

駅前の24時間100円の駐輪場は、平日は朝9時になるともう満車になっている。 祝日の今日は正午を過ぎてもちらほらと駐輪ラックに空きがあって、なるべく出入口に近いところに止めてやろうと視線をキョロキョロさせる。 マウンテンバイクとマウンテンバイクに挟まれた小高いラックに自転車を突っ込んで、鍵をかけずに駅に向かう。 私が鍵を無くすリスクと、誰かが私の自転車を盗難するリスクを比べたとき、圧倒的に前者のほうがリスキーだと思っている。 この理論をはなして目を輝かせて共感してくれた人物は、今までに1人しかいない。 出入口に近い84番ラックには、今日も青くて細い自転車が止められたままだった。 サドルの下に人工的に付けられたドリンクホルダーに、コカコーラの赤い缶がセットされている。この駐輪場に目をやると、いつどの時間でもこの自転車が同じ位置に止められているから、たぶん、もう長いこと放置されているんだろう。 先週気になって、精算機に「84」と入力してみたところ、「¥5800」と表示されたのでおったまげた。 24時間で100円だから、もう2ヶ月ほど放置されたままということになる。 持ち主はどこに消えてしまったのだろうか。 もうこの街には帰ってこないのだろうか。 ――数少ない駐輪ラックを占領されるのは、たまったもんじゃないのだが、というのが本音だった。

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不本意にも目を腫らしながら出勤した飲食店のバイト先には、煌びやかなな振袖を纏った新成人たちが何人も来店してきた。 謎の情緒でグレーのアイシャドウパレットを無理やり瞼に塗りたぐった私とは対照的に、彼女たちは華やかな盛り髪に金箔や造花の飾り付けときらきらとしたラメを目周りに忍ばせている。 綺麗だな、と思う。 羨ましいな、とも思う。 でも、わたしは大人になって(いっても2年だけだけど、)自分の弱さはひけらかさないことが優しさなんだということを知った。 たおやかな動作で、小さな歩幅で歩く彼女たちに向けて、料理をテーブルに降ろすのと一緒に「成人おめでとうございます」と添える。 彼女たちはぱあっと明るくなって、「ありがとうございます」と笑った。 単純な人間だから、私もなんだか嬉しくなってしまった。

成人式の日に、靴擦れをつくったのを思い出した。 慣れない下駄で、公民館までの一本道をひたすらに歩く。 振袖のせいで歩幅が制限されるから、急ぐ気持ちだけが宙ぶらりんになる。 普段だったら10分ほどでたどり着く道を、ゆっくりとゆっくりと進むことを強いられた。 きっと、急いではいけないのだろう。 10代の頃は、早く何者にならなくてはとずっとそう思っていた。 米津玄師は19歳であの歌をつくった、椎名林檎は16歳であの歌を作った――。 そういう事実を取り込んで、勝手に逸る気持ちとどうにもならない現実のあいだで板挟みになっていた。 でも、大人になって気付けた。 私は天才ではない。 天才ではないから、こうやって今日も泣きながらバイトに向かっているし、延々と止められている自転車も私の前ではなんら物語性を持つことは無い。 そんな何ら変哲のない日々が、いつか動き出す日がくるように、祈りながらすすんでいく。 それしかできないから、せめてそれだけはやってみる。 愛しい靴ずれを抱えて、半歩ずつ、

@hamigakico
日記とたまに小説を書いています。