作ったzineをお金と交換することへの抵抗
ぽんつく堂をたたむとき「リソグラフを手放してもzineを作っていくぞー!」と決意し、そして実際家庭用複合機でzineを作っているのだけれど、出来上がったものに対する思いがこれまでとは変わってきた。
作ったzineに値段をつけて売ることにとても抵抗ができてしまった。
理由はよくわからない。作ったものがあまりにも個人的なもの(好きになった俳優の映画レビュー本)だからだろうか? 送料を負担してもらうのも申し訳ない気もして(あと百なんぼくらいの少額のやり取りが面倒というのもある)、「読みたい方に送りつける」という不審な活動をするようになってしまった。
これは読み手にとってもなかなかハードルが高いと思う。無料でもらうことに我々は慣れていない。その心のハードルをえいやっ!と超えてくれた人だけが、わたしのzineを手に取れる(なんだ、偉そうに)。
本当に興味を持ってくれた人に手渡したい、ということなのかもしれない。実際、自分も「読みたい」と思って文フリなどで買ったのに、積んでいるzineがたくさんある。その点、友だちと交換したり、知ってる人からもらったりしたものはすぐに目を通すように思う。
zineブームや、zineで有名になったり一儲けしたいといった風潮に抗いたいのかもしれない。便宜上この文章ではzineと言っているが、最近は自分が作ったものを「冊子」と呼んだりしている。
元々のzineはDIY文化で、仲間内でシェアしたりエクスチェンジしたりするものであった。その原点に回帰したいのかもしれない。
こんなこと言っていて、次に作ったものは値段をつけて売るかもしれない。今のところはなんとも言えない。でもずっと出ていた文フリ京都にも、次回は出店しないような気がする。
あとX(Twitterであったもの)をあまり見なくなったことも、どこかで関係しているような気もする。
かもしれないばかりで、なにもわからない現状である。