一句鑑賞:湯豆腐やいのちのはてのうすあかり/久保田万太郎

たかこ
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静かにあたたかい鍋の中でふるふると揺れる白くて四角い豆腐。少しだけ角がとれていたりするのかもしれない。

自分にとって湯豆腐は敷居の高い料理だ。簡単でシンプルだけど、それだけに美味しく作れる自信がない。むしろ何もしなくていいのだろうが、そこまで潔くなれない。いつか湯豆腐を人にふるまったりできるかっこいい大人になりたいものだ。

年末が近づくにつれて気忙しくなってくる。あれもしなきゃこれもしなきゃと頭のなかがざわつく。しかし、実は自分が何もしなくたって年の終わりはやってきて、新しい年は始まる。

大晦日、世の中が紅白歌合戦で盛り上がっている頃に、布団に入って本を読むのが実は好きだったりする。賑やかな世界の傍らにある、あたたかくて安全で静かなひとりの場所。

命が果てるのもそんな感じなのかもしれないなと、この句に触れると思う。うん、そうだったらいいな。あれもこれもとジタバタしたあとに訪れる、しんと静かなひとりの時間。そんなときが来るまでの間せいぜい生きたい。

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五月ふみさんの「好きな俳句の一句鑑賞 Advent Calendar 2024」企画に参加させていただきました。

素敵な企画をありがとうございます!毎日、みなさんの素敵な鑑賞を読むことができ幸せな年末です。

来年は少しずつ俳句も楽しめる年にできるといいなと思っています。

@harinezutaka
日記を書くひとです