ファンタジー作品の資料的整合性と没入感、じゃがいも警察とThe Chromatic Fantasyのスマホ

haru
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マストドンの私のTLでわりと定期的に話題になるのが、ファンタジー創作におけるいわゆる「じゃがいも警察」問題だ。中世ヨーロッパ風異世界を舞台とした物語の中で、その世界観や参照元の時代状況からずれたモチーフや言葉が使われることはどこまで許容できるのか、あんまり非寛容になって重箱の隅をつつくのもどうなのか、という話。今回話題になってたのは『葬送のフリーレン』にハンバーグが出てくるという件だった(異世界なんだからハンブルクは存在しないはず、ということ)。旧Twitterで知り合った人は同様の問題を「ターコイズブルー問題」と呼んでいた。異世界にトルコは存在しない。

ここの許容範囲は人によってさまざまで、私の周りでは「基本的には異世界の物語が日本語に訳されているという発想で読んでるので、あまり気にしない」というひとが多いように思う。特に日本語では仏教由来の用語が多く、そういう面でも歴史的・資料的整合性をあまり厳密に取ろうとすると何も書けなくなってしまうだろう、という人もいる。

私は基本的に物語への没入感が阻害されなければかまわないと思っている。どういう時に没入感が阻害されるのかは、作品そのものとかモチーフそのものというよりは、私が私なりに作品について理解している文脈に大きく依存する気がする。

振り返るにいちばん没入感が削がれたのは、中~近世ふうのファンタジーBL作品で、主人公の家のキッチンにIHヒーターが置いてあった時で、物語そっちのけで「クリスタのいい素材が見つからなかったのかな…」とあらぬことを考えてしまった。せめてガスストーブだったらここまで気にならなかったと思う。

ほとんど同じようなことだけど納得してしまった場合もある。

The Chromatic Fantasyという、中世ヨーロッパ風の世界を舞台にしたアメリカのインディーコミック作品がある。修道院で少女として暮らしていたものの、悪魔と契約したかどで放逐されたトランス少年ジュールズの冒険譚だ。絶妙にキッチュかつ巧みなスタイルでキャラクターの表情や生活のディテールが丁寧に描かれている作品だが、第2話の冒頭ではジュールズがビール缶とレシートのちらばった汚い2段ベッドの上で、画面の割れたスマホのアラームで目を覚ます。ユースホステルに泊まった時の私じゃん。ビールは飲めないけど。

これは読者に宛てたメタなジョークだと思う。版元のSilver Sprocketはクィア/LGBTQ+関連のアンダーグラウンド系作品を主に出している出版社で、読者の多くは必ずしも裕福ではなく、物価高と低賃金と政情の不安定な社会での生活に疲れたアメリカの若いマイノリティだ。画面の割れたスマホも、寝床のビール缶も、ちょっとセルフネグレクト傾向のある疲れた現代人にとってはとても私的で身近なディテールで、だからむしろジュールズへの親近感が違和感を上回っていく。

最初の例とは違い、この場合は世界観からずれたモチーフの存在を、私の把握している作品の文脈(と、この場合は圧倒的画力)で納得できてしまったわけだ。でもこれはアバンギャルド系統の作品だからできる力業で、自分の創作では絶対できないけれど。

@haru
イラストと漫画を描いています。 harukakanata.squarespace.com