先日、数年ぶりに会う友人と食事をすることになったのだが、その日は運悪く電車が遅れていて、私は約束の時間より大幅に遅れてしまった。
友人は「駅前のパチンコ屋にいるから大丈夫」と返信してくれ、申し訳ない気持ちになりながらも駅に着いてすぐに連絡を入れたが、既読がつかなかった。
待たせすぎて怒らせてしまったかと焦りながら駅前に出ると、大きなパチンコ屋が目に入った。「きっとここにいるに違いない!探そう!」とひらめき、私は生まれてはじめてパチンコ屋に足を踏み入れた。
凄まじい音が洪水のように押し寄せ、ビビり散らかした。LINEのトーク画面を気にしながら友人を探して狭い通路をウロウロしてみるが、いかんせん数年ぶりに会うので、後ろ姿やマスクをした横顔だけではわからない。それに、遊んでいる人をジロジロ見るのも失礼だ。困り果てていると、返信がきた。
なんでも、めちゃくちゃ出ているらしい。落ち着くまで遊んで待っていてほしいというのだ。私は「店内にいると営業の邪魔になりそうだから外で待ってるね」と返信をし、出口に向かった。
事件はそこで起きた。入る時は自動で開いたはずのドアが開かないのだ。別の入口に移動してみたがそこも開かない。パチンコ屋に入ったことがない私は「入店した時から防犯カメラで捕捉されているのかもしれない」と謎の思い込みをした。つまり、ここにいる人たちと同様に遊ばないと出られないと思い込み、パニックになった。踵を返し、ドキドキしながら辺りを見回した。ポケモンやドラクエのカジノでスロットやポーカーをやったことがあるくらいで、実際にはどうやって玉やコインをもらうのかすらもわからない。
困ったら訊けばいい、ということで、通路にいた店員さんをじっと見て、手を挙げて呼んだ。マスク越しに耳元で「はじめてなんですけど、どうやって遊ぶんですか」と馬鹿正直に訊ねると、店員さんはインカムになにやら話出してから私を見て「パチンコとスロット、どちらに興味がおありですか?」と訊ねてきた。正直どちらも興味がないが、社会見学にきた小学生の気持ちになりながら「スロットマシンです」と言った。
店員さんにそばのスロットコーナーに連れられた。開いている台の前で止まると、店員さんは丁寧に初心者に説明をしてくれた。台の横にある機械にお札を入れるとカードが出てくるので、それを差し込めば遊べるということだった。
店員さんが説明してくれている中、私は怯えていた。開いている席のサイドにいる中年男性たちがめちゃくちゃこちらを見てくるのだ。「ここはお前みたいなやつが来る場所じゃないぜ」と目で語られているような気がした。ここが西部劇の治安の悪い酒場だったら、余所者は決闘を申し込まれるか乱闘になっていただろう。
店員さんにお礼を言い、私は肩を窄めて台を見ながらなにで遊ぶか吟味することにした。スロットコーナーは混んでいたので、比較的空いているパチンココーナーに行き、学生の頃好きだった「ひぐらしのなく頃に」の台を見つけ、座った。店員さんの説明通り、1000円を入れてみると、カードが飛び出してきた。結構年季が入っていた。カードをさらに別の場所に差し込むと、台のディスプレイ部分に「10」と表示された。
私はここで急に臆病風に吹かれた。この「10」は10玉で間違いないだろう。1000円であの銀色の小さな玉が10個しかもらえないとなると、すごぶる高い買い物をしている気がしてきたのだ。絶対に1000円じゃ足りない……気絶してしまいそうになりながらカードの返却ボタンを押した。
カードを片手に、再び先程の店員さんに話しかけた。「怖くて遊べませんでした」とやはり馬鹿正直に告げると「大丈夫です。またいらしてください。楽しいですから!」と励ましてくださった。そしてカードをどうすればいいのか訊ねた。通路にある専用の機械に入れればお金が返ってくるとのことで、私は爆速で返金手続きをした。戻ってきたくたびれた野口英世を財布にしまい、よろよろしながらもう一度ダメ元で出口に向かった。これで開かなかったら店員さんに事情を説明して謝って開けてもらおうと思った。
絶望しながらドアの前で足を止めるが、やはりドアは開かなかった。ドアには、よく見ると「触れてください」と書いてあった。手をかざすと、ドアは開いた。そう、最初から、ドアは手をかざせば開いたのだ。羞恥心でいっぱいになりながら店を出た。とんだ冷やかしだ。今思えば、最初からドアが開かないと店員さんに言えばよかったのかもしれない。
その後友人とは無事合流できた。今までのことをありのままに話すと、友人は涙が出るほど笑い転げ、2万円ほど勝ったとのことで夕食をご馳走になった。
多分この先、私がパチンコ屋に入ることはないだろうが、いい社会見学になったと思う。