アゼラシェッド・べオル・ウォードヘッド

樋口はさお
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公開:2025/5/1

「ーーお腹が空いているんだね。でも大丈夫。そのお鍋は魔法のお鍋。こうしてテーブルに伏せて…底をポンと一叩き。するとほら、お菓子がこの通り。いくらでも出てくるからみんなに分けてあげなさい。」 

  ーーー魔道士アゼリ

 星霜2024年の事だ。この人物録を企画している頃、我が家に一枚の肖像が届いた。差出人は不明。付けられていたタイトルは…「アゼラシェッド・べオル・ウォードヘッド」。

 その名を知らずとも「魔道士アゼリ」であれば知らぬ者はそうはいないだろう。そう、彼女は世界中で読まれる絵本「魔道士アゼリ」シリーズの元になった人物である。物語では王族であることの描写はないので現在も続くウォードヘッド王家の姫殿下であった事を知る人は少ないだろう。性別についても語られないので男だと思っていた人も存外多いのではないだろうか。

 物語でアゼリの使う魔法はユーモアに溢れ、突飛で現実的でない魔法ばかりだ。これは子供向けの内容だから…ではない。

 鍋とお菓子の魔法は星霜522年の大凶作に際して、国中どころか隣国の街や村をも回って披露したと各国の記録に残っている。干魃で枯れた井戸から魚を模った水が大量に溢れ村中を泳ぎ回るなど、彼女の魔法はいつも非常識で時に美しく時に驚きに溢れ、人々を楽しませ、そして助けた。民が困っていない時も時折街や村を回っては魔法で様々なショーを観せて回ったという。

 彼女が非常識な魔法を身につけたのは星霜508年、15歳の時。彼女は熱病に冒され寝込んでしまい三ヶ月にも渡って生死の境を彷徨った。その時に「夢の中に出てきた悪魔に秘密を学んだ」という。これまた突飛な理由だが真実は彼女にしかわからない。彼女はその魔法の秘密を誰にも明かすことはなかった。

 一つだけ、彼女の魔法には決まっていることがあった。それはどんな状況での魔法であっても「誰かを楽しませるもの」なのだ。鍋とお菓子の魔法一つとっても、民に食糧を提供できるなら鍋を叩く意味も菓子である必要もない。その理由については彼女自身の言葉が残されている。

 「悪魔は秘密を教える代わりに人を楽しませる事以外に魔法を使う事を禁じた。破れば魂をもらいにくるって。教えが真実だったのだから破った時の罰も本当に違いないわ。だから私は、望む時に望むように魔法を使うことはできないの。でも楽しんでもらえるならなんでもできる。楽しんでもらえるように考えるのは簡単ではないけどね。」

 これが本当だとすれば、彼女はいつも自分の魂を天秤にかけながら魔法を行使していたという事になる。それでも民を楽しませ、そして助ける為に彼女は魔法を振い続けた。

 現在、ウォードヘッドの魔道学術都市セインレスでは冬至に虹光祭が行われている。祭りのメインには夜空いっぱいに光のアートが広がり多くの人達が歓声を上げる。実はこのショーは祭りと関係なく発生する「現象」であり彼女の遺した魔法であることが解っている。後世に渡っても人々を楽しませる彼女は時を超えるエンターテイナーと言えよう。

 冒頭で家に届いた肖像、これには次の一文が添えられていた。

「私の紹介をするのに肖像がないと困るでしょうから送ります。誇張はしてないつもりだけど、少しくらい違っていても許してね?」

…この肖像が本物かどうか、差出人が誰なのかは、読まれている方の想像にお任せしようと思う。

@hasao
趣味絵を描く人。オリジナルイラストとフレーバーテキストみたいなのを上げていく予定です。手が遅いので更新頻度は低いです。 SNSはブルスカのみやってます。@artifice.site