Ver 3.7のストーリーを終えた。以下、ネタバレを含めるので注意。
うん。長かった。
miHoYoはFateシリーズの悪いところまでキッチリ継承しなくても良かったのに、と思う。とにかく詩的で冗長な表現が多く、30分くらいかけて散々回しに回した話を要約すると一文に収まる、なんてザラである。自分はカスライナみたいな顔をしながらマウスを連打していたように思う。
とはいえ、ストーリーは素晴らしく、(賛否はあるだろうが)物語の締め方は大変美しいものだったように思う。個人的には、旅物語は全てを大団円で終わらせると味気ないと思っているので、こういう多少後味の悪いエンディングはむしろウェルカムだったりする。
ところで、僕がスタレのストーリーをずっとやり続けられるモチベーションはスタレの世界観はファンタジー寄りなのにも関わらず、コテコテのSFをやっていて、『三体』とか『インターステラー』みたいな名作SFの影響をひしひしと感じられる点である。オンパロス編は見た目こそギリシャ神話であるが、その裏で進行していた物語はずっとSFだった。
例えば、オンパロスはセプターという演算装置がある難問を解き明かすに構築した仮想世界なのだが、この世界のループを「深層学習」と表現しているのがなかなか秀逸である。現実世界のAIも深層学習・ディープラーニングにより何度も演算を繰り返し、そしてバックプロパゲーションにより次の演算へフィードバックしていることから、これをよくある「ループもの」と絡められるのは現代的なSFとしてよくできていると思う。
もう一点、個人的に興味深かったのは「記憶」の運命に関する設定である。
Ver 3.7において、「記憶」の星神は逆向きに因果を形成していることが明かされた。これはどういうことかと言うと、「記憶」は未来に存在していて、その未来から過去に対してアクションを行ってコントロールしているということである。
これはマーベルのドラマ『ロキ』で「在り続ける者」が時間の果てでTVAを利用して神聖時間軸を固定していたことに似ている。時間を後ろ向きに進むという点では『TENET』とも類似しているかもしれない。
オンパロスという世界は(例外は多くあるにしろ)基本的には閉じた世界であり、そこで全てが完結するようになっている。これは星神のような存在の発生を観察するのに相応しい場所であり、シナリオライターたちもこれを意図してやっているのではないか。
作中で、デミウルゴスは逆向きの因果を形成するために永遠のループに入ることになった。これはある意味「必然」である。ここでループに入らないと、例えばオンパロスからシグナルが送られず、ブラックスワンが列車組をオンパロスに案内することも無くなってしまう。そして今のデミウルゴスは存在し得なくなる。ヘルタは選択肢は2つあると言っていたが、この選択は決定論的であり、もう片方の選択肢を取るifは存在しないと思う。
つまり、僕の考え方をまとめると以下の通りとなる。
なんらかの形で世界が滅びる→最後の知的生命体となった無漏浄子が全ての知的生命体の記憶を獲得する→「記憶」の星神となる→この記憶を守り続けるためにはここに辿り着いた世界線が無くなってはいけない→これを防ぐために、過去に介入して世界線を固定する
作中で、オンパロスに一瞥していたのは「浮黎」ではなく、デミウルゴスだったという種明かしがあったけど、僕はあれはこの世界における「浮黎」で間違いないと思う。つまりそれぞれの世界に「浮黎」が存在しているという考え方だ。スタレの物理世界にいる「浮黎」も本来はもっと別の姿をしているのかもしれない。
ところで「浮黎」になる明確な条件には「その世界にいる生命の全ての記憶を獲得する」ことがあるんじゃないかと思う。ちょうど開拓者とキュレネがオンパロスの記憶を背負ったみたいに。とすると「浮黎」はこの記憶を前提に世界を認識しているのではないか。ちょうど開拓者は「紡がれた物語」を広める活動をしているわけだけど、もしこれがもっと多くの人々に知れ渡り、人類の記憶として刻まれれば・・・本来の「浮黎」が、この物語の因果の肩代わりをしてくれるようになるのではないか・・・
オンパロスの真の黎明は、意外とそう遠くないのかもしれない。