▼Love you
(花束の二人のその後)
何回目かの春を迎え、桜の花があちらこちらで咲き誇る。俺は片手に一輪の花束を持って、いつもより朝早くあの人の所へ向かう。
――きっともうそろそろ出かけるはずだ。この誰の目もない時間が勝負だ。
俺はチャイムに指を伸ばした。しかし、それより先に扉が開く。
「あ、はる。おはよう。どうしたの?」
ちょうど良いタイミングでなつちゃんが家から出てきた。俺は内心驚いたが、気持ちを落ち着かせて挨拶を返す。
「おはよう。なつちゃんに渡しておきたいものがあったからさ」
今日、なつちゃんは学校を卒業してしまう。一つ上だから仕方ない話だが、いつも追いかける身としては辛いものがある。
ガキだった俺も成長し、今ではなつちゃんの身長を超えて声だって変わった。あえて、“なつ姉ちゃん”から“なつちゃん”に呼び方を変え、頼れる人間になる為に勉強もスポーツも努力して上位に食い込めるようになった。
しかし相変わらず彼女は、俺を近所の弟みたいな子として見ている。
ひらりと俺の想いをかわす彼女は、周りで舞い散る桜の花びらみたいだ。
でも、何でそうするのかは何となく分かっている。
だから今日、どんな結果になろうとも俺はこの曖昧な関係に終止符を打つ。
「はい、卒業おめでとう」
「わあ、ありがとう。綺麗に咲いたチューリップだね」
「それと――」
「うん?」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。きっと俺もどこかでこの曖昧さに安心していたんだ。だから、次の言葉を口にするのが恐ろしい。
でも、本気だと伝えられないまま“近所の弟みたいな子”でいるのは嫌だった。
「俺はなつちゃんが好きです」
なつちゃんの表情が変わる。柔らかい笑顔が困ったような笑顔に変わる。俺は彼女が何か言う前に口を開く。
「なつちゃん、怖いんだろ」
「えっ」
「自分が居ない一年の間に俺が心変わりするかもしれないから、“私も好きだよ、弟みたいで”とか言ってかわすんだろ」
図星だったようでなつちゃんは目を見開いた。
「ハッキリ言っとく。ガキの頃に勉強教えてくれてた時からなつちゃんが好きだった俺はこれからも変わらない。なつちゃんだけが好きだ」
「はる……」
「だから、受けとって下さい」
なつちゃんに赤いチューリップを差し出す。綺麗にラッピングしてこの日のために用意した俺の気持ち。
ガキの頃に公園で摘んで必死にリボンを巻いたたんぽぽの花束を渡した時と同じように、下を向いたまま差し出している。
受け取る感触が直ぐに伝わらず、駄目かと思った瞬間――。
「はるはいつも真っ直ぐ私を見てくれていたのにね」
俺の手から一輪の花束がなくなった。
「私も好きだよ」
顔を上げるとなつちゃんは泣いていた。「今まではぐらかしてごめん」と言う彼女を俺は抱きしめた。
「いいよ。それでも俺は、なつちゃんが好きなままだったから」
腕の中の彼女が、苦しさで潰れないように俺はできるだけ優しく抱きしめ続けた。
▼太陽のような
明るくたくさんの人達を照らす貴方は、私とは真逆で眩しすぎる。
この目が貴方の光で潰れてしまわないように、少しだけ目を逸らすのを許して。
▼0からの
評価は皆等しく、最初は0からのスタートだ。
さて、この目に映ったのは作品と数字どちらが先だっただろうか。私の中の好きは、私が私の基準でまだしっかりと見つめられているだろうか。
多くの中で、胸に刺さる作品を見つけた時の感動を忘れていないだろうか。
私は知らない間に、数字に囚われすぎてしまった。
もしかしたら、今を生きる多くの人は、私と同じ悩みを抱えているのかもしれない。
――この長く暗い出口が見えないトンネルの中を彷徨うような感情を、いつか抜けられる日が来るのをただ心から願う。
▼同情
連ねた文字がじわりと滲み、形を無くして溶けていくように、今の貴方に私の言葉は届かない。
「同情しないで」そう言いながら泣き喚く貴方にかける言葉が、もうどこにも見当たらない。
…以下余談
同情、なんて難しい言葉だろう。人によっては毒にも薬にもなるから余計にそう感じる。
それでも、かけられた言葉を全て否定したら最後には何が残るんだろうか。
どんな言葉も今必要無いのなら、口をつぐむしかない。問いかけてはいけない。きっと、相手から望む答えは出ないから。そう思った。
私自身がまたドン底に落ちた時、自分の中で消化が終わるまでそうした方が良いのだろう。
▼枯葉
空が青く澄み渡る早朝、吐く息はわずかに白い。
何気なく寄った公園は、赤みを帯びた枯葉で辺り一面を覆い尽くされている。
それはまるで、夕焼けが足元に降り落ちてきたようだった。
朝と夕が交わる瞬間に、私は立ち会えた気がした。
▼今日にさよなら
肌に纏わりつく空気、いつもより多い人の波。そして、遠くから届く屋台の光と香りが特別な空間を作り出していた。
着慣れない浴衣に歩きなれない下駄なんか履いて夕焼けが落ちる手前に、私達ははぐれないように手を繋いで歩きだす。
ガヤガヤと騒がしい中、ひとつ大きな音が体の奥まで響き渡った。「おっ、始まった!」そう言って貴方は私を見て笑う。その顔は、何色もの色に彩られていく。とても眩しくて思わず繋いだ手を少しだけ強く握った。
夜空に開いては光の粒になっていく大輪の花のように、今日という日は一瞬のように終わっていく。
私達はあとどれくらい同じ日々を過ごせるのだろうか。せめて綺麗な記憶のまま、終わりがきてほしい。
けれど、わがままを言えば、変わらずこのまま傍に居てほしい。
――今はただ幸せだけを感じて、今日という日にさよならを告げよう。