「大変だ、田島(たじま)」
畑中(はたなか)がいつになく真面目な顔をして読んでいた漫画から僕に視線を変えて言うものだから「どうした?」と言い、スマホを机に置き姿勢を正した。すると漫画のあるページを開いて見せる。そこには夜の学校で花火をする僕たちと同じくらいの登場人物がいた。
「これがどうした?」
「俺たち、花火してねえ!」
「……それで?」
「花火しようぜ!」
畑中の声が教室に響く。これが放課後でかつ誰も居ない状況で良かったと心から思った。畑中いわく、夏と言えば花火なのにそれを忘れて出来ていなかったのがショックだったようだ。
「夏だからこそ出来るもんだろアレは。まだ間に合う! 今から買って俺の家の庭でやるぞ!」
「お前、変なこだわりあるよな……。まあ、いいよ。ホムセンならまだあるんじゃねぇの?」
「さすが田島! 話が分かるなあ!」
バシバシと肩を叩かれたので、僕は畑中の足を軽く蹴ってやった。
二人で近所のホームセンターによると、レジの近くに少しだけ花火セットが残っていた。まるでお宝を見つけたように畑中は喜ぶ。小学生みたいな奴だなと会計に向かう畑中に付いていく。ふと、前にあの無邪気さが良いとクラスの女子が話していたのを思い出す。
まあ、顔は整っているしスタイルもいい、加えて誰とでも仲良くなれる絵に描いたような奴がモテないわけがない。高校1年目の夏、もしかしたらこいつに彼女ができるのではと予想していたが、どうやら外れたらしい。
「よし、必要なものは揃った。楽しみだな!」
「そうだな~。まあ、来年は忘れないようにメモでもしとけ」
「カレンダーに書いとくわ。あっ、でも祭にも行きたい。今年は色々あって行けなかったからな」
「ああ、何か家が忙しかったんだろ?」
「そー。まあ、もう大丈夫だから来年は行こうぜ」
「了解」
少し暗くなった空を見上げて「絶好の花火日和だな」と畑中がにかっと笑う。こいつの笑顔はどうも引っ張られる。つられて僕も笑っていた。その後、無事に畑中の家で花火をした。畑中のお母さんが「この子の無茶ぶりに付き合ってくれてありがとうね! 本当に!」と笑う顔はそっくりだった。
広い庭で色とりどりの光が飛び出ては消えていく。その光景は、予想外に僕の胸を躍らせた。畑中の言ったことが今なら分かる。これは、夏だからこそできるものだと。それを花火の最中伝えると畑中は満足そうな顔をした。最後に残った線香花火をどちらが長く保てるか勝負をして、結果は引き分けになり、この勝負は来年も続くことになった。
「いやー! 田島マジでありがとうな! 楽しかった!」
「いいよ。これで夏の心残りはなくなったか?」
「ああ!」
「そら良かった。じゃあ、また明日な」
「おう。また明日!」
こうして、僕たちの花火大会は終わった。帰り道、これも青春というものなのか。なんて僕は思いながら、来年はもう少し良い花火を用意してやろうとスマホのカレンダーに予定を打ち込んだ。
2021年09月23日(木)