『天の光はすべて星』フレドリック・ブラウン

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公開:2024/8/23

ページをめくる指ももどかしくあっという間に読んでしまった、掛け値なしに面白い小説というのは、なかなか感想が書きづらい。これまで彼を知らずに生きてきたのか、と今私は目が覚めるような思いでいる。

まず出だしがそもそもよいのだ。ある日、鏡に写った自分自身を眺めて、人生の残り時間を費ってできることが限られていると、ふと気が付く。主人公は中年から老年に差し掛かろうという歳の男。思い立ったが吉日と動き出す様子も、仕事に対する姿勢も、酒を飲む様子も、弟家族や友人との付き合い方も、何もかも目に浮かぶような、ちょっと古い時代の男。しかし彼の人生の全ては、そんな普段の生活のためにあるのではなくて、彼は、ただ夢を見ている。空に散らばる無数の光に、底無しの夢を見ている。男と生まれてきたからには、一つの夢、いや絶対的な使命と言い換えた方がいいだろうか、を追いかけて人生を全うするのは、男子一生の本懐である、という男性像を具現化したような男。

私は中年の女だが、ずっと同じように夢を見続けているので、彼の気持ちがよく分かる。まあ私の方は今のところ本当に夢物語になってしまっているが、彼はちゃんと現実に行動を起こしている。しかももう一度チャンスが巡ってきた、今生で二度とは巡り合えないような大チャンスが。巡り合いというのはちょっと違うかもしれない、彼は夢を現実にするために、己にできることは何でも即座にやってのけた。その過程で、人生でまたとないパートナーにも恵まれた。彼が強引に運命を手繰り寄せたと言っても過言ではないくらい、あらゆることを確実に進めた。しかし結果的には、残念ながら夢が破れてしまう。

破滅的な結果にしばらく自暴自棄になるが、一応はきちんと立ち直った様子も描かれている。どれだけ命をかけても叶わなかった夢を諦めたとき、男は死を選ばなかった。例え亡霊のようになったとしても、残りの命を使い切ることを選んだのだ。

これが少年漫画なら、絶対こうはならない。夢は必ず叶うものとして描かれる。私も、自分が書くなら、多分叶うものとして作ってしまうだろう。しかしこの作品では、主人公は、彼自身が己に課した使命を全うできなかった。悲しい別れ含め、非常に辛いが、現実にありそうなことばかりが起こり、とても切ない。しかも小説の3/4くらいまでは何もかも万事順調に行っていたので、余計に結末が哀しい。だが、少なくとも彼は全身全霊をかけて、挑戦したのだ。もう若くはない年齢で。そういう意味では、彼は、己の人生を肯定はできなくとも、納得はしているのかもしれない。

SF要素自体はそれなりにあるが、エネルギー問題はいまだに解決しておらず、化石燃料に頼っていることや、無人調査機など宇宙開発の実態が大分異なっていること、あとは通信がここまで発達するとは思っていなかったらしいことなど、今となっては答え合わせができてしまうので、ああ古い小説だなと思ってしまう部分も随分ある。たいていの昔のSFは、インターネットを予言できなかったので、現実の未来である現在とは世界観が大きく異なっている。ただ、例えば核融合エネルギーなど、当時の知識を持ってして考えうる範囲で現実的にありえそうな内容だなと思ったし、決して古びているから滑稽という内容でもなかった。それより何より、そんなSF要素が全くなくったっていいと思えるくらい、話の筋が素晴らしいのだ。

著者もずっと星々に夢を見ているのだろうか?太陽系、銀河系の知識自体は、当時からそれほど大まかには更新されていないようだ。そりゃ小さな発見は無数にある。数年前にもリュウグウのサンプルをはやぶさ2が持ち帰って話題になっていたが、本当にこういう小さな一歩を積み重ねて、惑星探査は、科学は、これからも進んでいくのだろう。本書の中で主人公が言うように、他の惑星に人間が本当の意味で関われるのは1000年後か、2000年後か。何世代も後になるのか、それともそんな日は一生やってこないのか。いや、確実にやってくるだろうけれど、もうすぐそこまで来ているのか。私もこの著者と全く同じことを思っていて、今はまだ私たちは原始時代を生きている。それが1000年後には分かると私も思う。

SFを書くということは、その1000年のブランクを文字で埋めるということだ。主人公も、著者も、見果てぬ夢を見ている。そして私も。そのことを、本書を読んで思い出した。

@hhhhh
トーキョー在住 ふらふら