『智恵子抄』高村光太郎
姿なき熱を 「愛」 たらしめるのは勇敢な意志に他ならない。あなたの心へ身を投げて、あなたの鼓動で時を刻む──そんなすべてを置き去りにした激しく脆いふたりが見える。
いつの時代も大事なことほど潔くて易しくて。そう、何よりも胸を打つのはあなたの名前、その音なんだと。
──────────────
この作品を読むにあたり選んだのは、 「文字に味わいがある」 とおすすめしてもらった岩波文庫の『高村光太郎詩集』。
私にはあなたがある
あなたがある
(中略)
あなたが私にある事は
微笑が私にある事です
あなたによつて私の生は
複雑になり豊富になります
そして孤独を知りつつ
孤独を感じないのです
(『人類の泉』より引用 )
“私にはあなたがある”という一節に息をのむ。
「いる」 ではなく 「ある」 ……なんて壮大な響きだろう。この短い言葉の果てしなさに、時計の針さえ止まるような気持ちになった。
僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがある
自分はこれに尽きてゐる
僕のいのちと あなたのいのちとが
よれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ
渾沌としたはじめにかへる
(『僕等』より引用 )
あなたはまだゐる其処にゐる
あなたは万物となつて私に満ちる
私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ
(『亡き人に』より引用 )
互いが互いを魂のなかに招き、ふたりだけですべてが完結している世界。たとえば宇宙に抱く漠とした信頼感、そんな 「ただひとつの真実」 と言わんばかりの全肯定になんだか泣きたくなってしまった。
何ごともむずかしく捉え しかめっ面で語りたがる時代だからこそ、愛という言葉を恥ずかしげもなく口にしていきたい。
その柔らかな本質を、この穏やかな普遍の手触りを、どんなときも忘れずにいたいから。
(青空文庫でも読めます!ありがたや〜)