──ふと思い出している、むかし この明滅する大海原で出会った友人のことを。
わたしたちはすこしだけ近く またすこしだけ遠いまちに住んでいて、その岸辺から言葉を流しては胸のうちを分け合っていた。子どもから大人へと移りゆく あの清くて苦いまだらな時を、そっと背中をさするように互いの色で補い合った。いまも抽斗に眠るのは、文字でひしめく紙の束と添えられていた写真の笑顔 (山のように積もったメールは壊れたパソコンにさらわれてしまった )。
いつしか心に傷を負い、これまでの自分ではいられなくなったあなただけど、それでもなお美しく優しく聡明であろうとした……そんなひとだった。
“ わたし、嘘つきだから。
氷々もわたしのこと信用しないでね。”
そう告げられてからまもなく、はじめて結んだ約束も果たされないままに 突然すべてが途絶えてしまった。待ちわびていた対面の日は、手を伸ばせば届くところで音も立てずに消えていった。カレンダーの陽気な◯だけが気まずそうに取り残された。
ひどい衝撃を受けたはずだ。裏切られたと怒りが湧いたかもしれない。 「はずだ」 「かもしれない」……哀しいくらいに曖昧なのは、肝心なことを何ひとつ憶えていないから。あの時の記憶がすっぽり抜け落ちている。わたしは何を思い、どんな言葉を送っただろう。どれくらい縋り、どのくらいの時間を越えて あなたを諦めたのだろうか。不思議なほどに浮かんでこない。確かなのは、13のわたしと17のあなたの物語を、20のわたしと24のあなたが終わらせたということだけ。
きっとよくある話だろう、大げさに語るほどでもない。誰もがひとつやふたつ持っている、思春期めいた ちいさな思い出。けれど、わたしにとっては特別だった。なかったことにするには あまりに沢山のものを共有しすぎていた。隣にいる友人よりも、見えないあなたを信じていた。
いまになって思う。“嘘つきだから” ……その言葉を紡ぐために振り絞った勇気を、砕いた心を、もっと真剣に受け止めるべきだったんだ。後悔ばかりしている、いつも間に合わなくて。
どうか健やかでいてくれれば。どうか笑っていてくれれば。でもね、わたしはやっぱり、あの頃のわたしのままだよ。