ときどき声をかけられる。主に年上の女性からだ。
にこにこ愛想が良いわけでもない自覚はある。まあ不真面目には見えないだろうという程度に前向きな自己評価。イヤホンをしてない、スマホをいじってないというのは大きいかもしれない。
年末、花屋で足をとめた。正月らしい赤い実のついた枝。さほど大きくないのに値段はそこそこする。正月価格なので仕方ないといえばそうなのだけれど、どうしようかなと迷った。すっと横に並んだ女性もじっと同じ枝ものを見つめている。
「これってやっぱり高いわよね」
そうですね、安くはないですね、と答える。背筋の伸びた品の良い雰囲気をまとった女性だった。
何年か前に駅前のスーパーはリニューアルして、ずっとあった花屋もチェーン店に変わってしまった。前のほうが安くて量もいっぱいだったし、いつも客がいて活気があったと思う。きれいにアレンジメントされた花束より、普段使いの花のほうがスーパーには似合う。
「うーん、ちょっと遠いですけどあっちにある花屋さんならこの倍は入ってると思いますよ」「あ、私その花屋さん知ってるかも」店の名前を告げたら、そうよね、そっちのほうが安いわよね、と頷いていた。
「ありがとう。そっちで買うわ」そう言って女性は颯爽と歩いていった。わたしも迷ってやっぱり買わなかった。
大学病院の待ち時間は長い。予約していても毎回1時間以上は待つ。いろんな検査や、手術に入院の説明は長引くことも多いし、急患の診察が入ることもある。
その日は3時間待ちだった。座り続けて本を読むのにも飽きて顔を上げる。液晶掲示板を確認すると、あと2人というところで呼び出しがずっと止まっている。次に呼ばれるのが隣の女性で、その次がわたし。
「疲れちゃうわよね」とため息まじりに言うその女性はほんとうに疲れた様子で、少し眠たそうだった。わたしもずっと同じ体勢で身体がゴワゴワしていたからその気持ちはよくわかる。高齢ならなおきついだろう。
「前の人がずーっと喋ってるの。私は今日検査だけだからあっという間なのよ」話を聞くと以前乳がんにかかって手術して以来、数年に一度検査に訪れるらしい。それは大変でしたね、と言うと、こんなおばあちゃんなのに乳がんになるなんてねえ、と笑った。
「横になろうと思って胸をおさえたらしこりに気付いたの。おせっかいだけど、あなたはお若いからよくよく気をつけてね」
ちょっと横になってもいい?と言われたので、もちろんどうぞ、とスペースを空けた。「長いと腰が辛いですよね」そうなの、もう痛くって、と言った女性はやっぱり眠たそうだった。
少し経って診察室のドアが開いた。出てきたのは外国人の女性。手術の説明を受けていたようだった。異国の地で病院にかかるのは心細いに違いない。
起き上がった女性は「お先に」と言ってゆっくりと診察室の向こうに消えていった。
今日はホスピスを探す女性に会った。「坂を上がりきってすぐ左手にある建物ですよ」「駐車場ってその先かしら?」
タイムズが近くにあることを施設の人に教えてもらったらしい。確かに来客用の駐車スペースのなさそうな建物だったなあと思い出す。時間貸しの駐車場は坂を下って信号の先にあったはずだ。
「歩きで坂を上って戻ることになっちゃうんですけど……」でもそれ以外に近い駐車場はない。細くて小柄な、高齢の女性だった。親族あるいは知り合いにでも会いに行くのだろうか。ぱっと見、足腰は悪くなさそうだったが、ここらの坂は急なので大変だろうと思った。
とりあえず行ってみます、と女性は言った。「お気をつけて」と残してその場を離れる。
少し先で横断歩道を渡る。振り返ると、女性の乗ったシルバーの車がゆるやかにカーブする坂を上っていくところだった。
晴れているのに今日は風が冷たい。
今日のごはんはトマトらーめん。キットの袋裏を見たら「作れそうだな……」と思ったので自己流で。オリーブオイルでにんにく、ベーコンを炒め、トマトジュースと水を加える。味付けは料理酒、塩、めんつゆ、ウェイバー、バジル、オレガノ、ケチャップ、砂糖(酸味が苦手な場合は多めが良い)、ちょこっと豆乳。濃いめのミネストローネを作るイメージで。そのスープと茹でた麺を合わせ、炒めた具材をのせる。本日はナス、キャベツ、エリンギ。できたてはあつあつ。