サイバネティック機能不全理論(後編)

hidekis
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公開:2026/3/21

引き続き,Colin DeYoungさんとRobert Kruegerさんの論文。心理学でサイバネティクスと言えばCarver & Scheierのモデルを思い浮べるが,今回の論文では,用語の曖昧さを極力排除しながら,精神病理学の暗黙的前提やスルーしがちな指摘に対して緻密な議論を進めている。理論そのものの目新しさはあまりないものの,自分の精神病理観が整理されて立場も明確になった気がする。

精神病理のアセスメント

この理論で最も重要な点は,精神病理の評価は,特徴的な適応と,特性または症状の次元との違いに対応するように,2つの段階に分けて行われるべきだとを示唆している点である。つまり,第一の課題は,その人が目標に向かって進展を遂げることが持続的にできない状態にあるかどうかを判断することである。あるいは,その人が目標への進展において最近深刻な挫折を経験したばかりである場合,効果的な目標追求を再開できる可能性の高い新たな目標,解釈,戦略を見出すための適応において,進展を見せているかどうかを判断することである。精神病理が存在することを特定して,初めて第二の課題に進む必要がある。これは,精神病理の主要な次元とその様々な下位次元を徹底的に検討することで,精神病理の特徴を特定することを含む。

これはDSM–5のほとんどの診断プロセスとは逆の順序である。我々の理論では,DSM–5とは異なり,サイバネティックな機能不全が「機能障害」を解釈する合理的な方法である以上,機能障害を基準として用いることに何ら問題はない。DSM–5で定義される「社会的および職業的機能障害」は誰に対しても同じ基準で特定できると考える人もいるかもしれないが,この理論では,機能不全はその人自身の目標に対して相対的なものである。

極端さが本質的に精神病理を示唆する心理的変異の次元が存在し得る。これは,目標を達成できない状態が持続することが,その次元自体の一部として規定されている場合に生じ得るものであり,症状の記述の中で時折見られる。何らかの理由で,自身のニーズを満たせなかったり,人生における重要な目標に向かって進めなかったりすることを示す尺度で高得点だった場合,この評価は精神病理を特定するために必要だと考えるものの,本質的には粗いものに過ぎない。その人の機能不全とその重症度を十分に理解するためには,徹底した臨床面接が必要であろう。

ちなみに数少ない例外はパーソナリティ症群の代替DSM-5モデルで,「自己志向性」として記述されているパーソナリティ機能の要素はサイバネティック機能不全の概念と強い類似性を持ち,重度の機能障害は「自己の目標を設定することと達成すること,またはそのいずれかが困難であること」と特徴づけられている。さらに,パーソナリティ症の追加基準の一つである「広汎性」は,「彼らのやり方がうまくいっていないという証拠に直面した場合でさえ,彼らは自分の思考あるいは行動を修正できない」ことを要求しており,これは我々の精神病理の定義の後半部分にかなり一致している。もっとも,我々の理論はパーソナリティ症とラベル付けされているものだけでなく,あらゆる精神病理に適用可能である。

なぜ精神病理は脳の疾患ではないのか

精神病理の主要な次元における極端な状態は,たとえそれらが「症状」として捉えられている場合でも,精神病理の必要条件あるいは十分条件とは見なされるべきではない。しかし,これは次元を理解することが重要でないという意味ではない。リスクの次元として,それらはサイバネティックな機能不全の決定的な要因となることが頻繁にある。サイバネティックシステム内のメカニズムが極端かつ異常な仕方で作動すると,システム全体が首尾一貫して機能し,効果的な目標追求を行うことが難しくなる傾向がある。したがって,極端な特性(持続的に極端な機能パラメータを反映したもの)は精神病理にとって必要条件でも十分条件でもないが,病因を理解し治療方針を定めるという目的において,精神病理学でそれらを特定することは重要である。

精神病理を脳の疾患と見なすことに反対する主な理由は,脳機能の異常なパターンが精神病理に寄与することはあるものの,通常,精神病理にとって必要条件でも十分条件でもないからである。よって,診断の目的においてバイオマーカーが臨床面接に取って代わることには懐疑的である。バイオマーカーはその人が重要な目標を追求することが持続的に不可能であることを合理的な確実性をもって示す必要があるが,心理的次元における統計的逸脱が一般的に精神病理を示すことができないのと同じ理由でこれはあり得ない。

ただし,研究領域基準(RDoC)は以下の評価すべき点もある。

  1. 精神病理学に対する次元的アプローチは,経験的根拠に乏しい分類的病理学に代わる必要不可欠なものである

  2. あらゆる精神現象は神経生物学的プロセスによって媒介されており,神経科学を通じて精神病理学に関する貴重な情報を得ることができる

  3. 神経生物学的要因が依存症といった精神疾患に寄与するという一般の理解は,スティグマの軽減に寄与する

それにもかかわらず,人間のサイバネティックシステム内では介入できるポイントが異なることを踏まえると,精神病理を脳疾患と定義することは,メンタルヘルスを改善するための介入を開発する上で最も効果的な研究からこの分野を遠ざけてしまう恐れがある。

本理論が介入にどのような意味を持つのか

このモデル(図1)では,サイバネティックメカニズムの変動が,パーソナリティ特性や持続的な症状の次元として記述される行動や経験の規則性を生み出し,それが人々が発達させる特徴的適応に影響を与える。このシステムにおける介入の潜在的なポイントは2つある。

  1. システムが一般的に目的指向的な行動を実行できるようにするサイバネティック機構に直接作用する生物学的介入(薬物療法や脳深部刺激療法)

  2. 人々が自身の特定の適応を理解し,変化させるのを助ける行動療法や対話療法による介入

我々の理論では,精神病理を特徴的適応の失敗として定義しており,特徴的適応は定義上学習されたものであるため,脳そのものは全く病んでいないにもかかわらず,精神疾患を持つ人が自身の重要な目標を効果的に追求することを妨げる一連の特徴的な(不)適応を学習している可能性がある。そのため,行動療法や対話療法は問題に最も直接的に作用し,生物学的介入はサイバネティックメカニズムの変化によって効果的な特徴的適応を発達・維持できるようになる場合にのみ有効である(なので臨床神経科学研究の放棄を提唱しているわけではない)。

メンタルヘルス領域の臨床試験にとって最も重要なアウトカムは,人々がサイバネティック機能,すなわち自分自身の個別の目標群を追求する能力をどの程度取り戻すかという点であるべきである。

結語

精神障害の診断や現在主要なメンタルヘルス理論では,少なくとも暗黙のうちに,精神病理は規範から統計的逸脱が不可欠であり,根本的には脳の疾患であると仮定している。これらの前提が抱える問題点をふまえ,サイバネティックな機能不全として定義される精神病理の存在と,次元モデルによって記述される精神病理の様々な共通的特徴とを区別する研究を進めるべきである。(DSMのカテゴリ診断に基づく研究は完全に避けるべきである。)こうした次元モデルを使うことは必要だが,症状次元の極端なレベルはそれ自体が本質的に病理的なものではなく,精神病理のリスクまたは結果を意味することを認識する必要がある。したがって,特定の症状次元との関連性が心理的または神経的メカニズムにおける病理を示唆するものであると主張しないよう注意すべきである。

@hidekis
こころに関わる支援や研究をしています。