引き続き,Colin DeYoungさんとRobert Kruegerさんの論文。今の自分の精神病理観にとって,とても大事なことが書かれている気がする。
サイバネティック機能不全理論
本理論の前提
我々は,精神障害(DSMのような公式な診断概念)と,精神病理(本理論における自然主義的要素,すなわち心理的機能不全の客観的な存在)を明確に区別する。これらを概念的に区別することで,サイバネティック機能不全理論は統計的逸脱モデルが直面する問題を解決することができる。我々は,精神病理の有無は統計的逸脱とは無関係な二値変数であり,一旦存在すればその重症度は連続変数であると規定する。精神病理の有無および重症度は客観的事実の問題であると見なすため,我々の精神病理理論は純粋に自然主義的である。対照的に,精神障害の理論はハイブリッド的である。なぜなら,精神障害の診断基準には,精神病理学の存在に加え,どの程度の重症度が治療に値するかという追加的な価値判断を含まなければならないためである。したがって,精神障害の定義には,診断基準を確立する価値判断において統計的逸脱の考慮が許容される。どの程度の重症度の精神病理が精神障害の診断を正当化するかという問いに対して,客観的に正しい唯一の答えはない。
サイバネティック機能不全理論は,診断を正当化する精神病理の正確なレベルを特定しようとはしない。これは,同じレベルの精神病理であっても,症状のプロファイルや人口統計学的グループが異なる場合には,診断の根拠も異なる場合があるためである。さらに,この理論は類似した問題であっても重症度の段階に応じて異なる診断を下すことを許容する。これは,高血圧と高血圧予備群を区別するために異なる血圧レベルを特定したり,医学的評価において人口統計学的変数を考慮したりするなど,生理学的医学の多くが既に採用している手法と合致する。
これ以降では,科学的研究の適切な対象として精神障害ではなく精神病理に焦点を当てる。重要な問いは,統計的な逸脱に依拠せず,どのように精神病理を特定できるかということである。
用語の整理
我々は精神病理を次のように定義する。
既存の目標,解釈,または戦略が失敗に終わった際に,効果的な新たな目標,解釈,または戦略を生み出すことができないために,自身の目標に向かって進むことが持続的にできない状態。
サイバネティクスとは,フィードバックを介して自己調整を行う,目標指向システムの原理を研究する学問である。サイバネティックなシステムには、少なくとも3つの要素が必要である(ただし,人間のような複雑なシステムにはその他の形態の制御メカニズムも含まれる)。
制御変数の値(または値の範囲)としてシステム内に物理的に具現化された目標または一連の目標(これらの目標は時間とともに変化し得る)
制御変数の現在の状態を示す指標であり,これはフィードバックを通じて目標状態と比較される
システムの現在の状態を目標状態へと導くために作動させることができる演算子または演算子の集合
ここでいう目標(彼らは階層構造の目標を仮定する)とは,サイバネティクスにおいては心理学におけるよりもはるかに一般的な意味を持ち,我々の理論においては心理的目標は無意識のものであり得るし,優先度が十分に低ければ行動へのコミットメントを伴わない場合もある広い概念である。
本理論の概要
精神病理には,その人にとって日常生活や長期的な観点から優先順位の高い重要な目標に向かって進むことができない状態が必要とされる。妨げられる目標の数が多いほど,またそれらの目標が重要であるほど,精神病理は深刻となる。目標の妨害や阻害,特にその目標に基本的欲求が含まれる場合,それが人間の苦悩の主たる原因であり,苦痛を避けることは多くの人々にとって重要な目標である。しかし決定的に重要なのは,単に目標追求の失敗が精神病理を示すわけではないという点である。サイバネティックなシステムは,適切なプロセスが作動して軌道修正が行われている限り,単に一時的に目標への進展が見られないからといって機能不全とはならない。これが我々の精神病理の定義の後半部分にあたる。
要素を変えることができない最も単純なサイバネティックシステムとは異なり,人間は新しい目標,解釈,戦略を発展させることができる。このような適応は探索と学習のプロセスを通じて達成される。これらのプロセス自体が目的指向的であり,サイバネティックな性質を持つ。なぜなら,新しい情報の発見や新たな行動戦略の考案は,それ自体が目的だからである。
学習された目標,解釈,戦略が持続的である限り,それらは特徴的適応となり,パーソナリティの構成要素となる。既存の特徴的適応が,人が目標に向かって前進するのに十分でない場合,人は適応しなければならず,目標への前進を再開できる新たな特徴的適応を発達させる必要がある。この適応のプロセスには,既存の目標を追求するための新たな戦略の開発や,自己や外部事象に対する不適応的な解釈の変更だけでなく,既存の目標の放棄や優先順位の変更,そして新たな目標の採用も含まれる。精神病理の場合,この適応プロセスは機能不全に陥り,サイバネティックに有効な特徴的適応を発達させることができなくなる。
我々の精神病理学に関するサイバネティクス理論では,パーソナリティ特性と特徴的適応を主な構成要素とみなす。特徴的適応は常に学習されたものであり,個人の生活状況に関連づけて規定されなければならない。一方,パーソナリティ特性は,あらゆる健康な人間の脳に存在する進化したサイバネティックなメカニズムのパラメータに由来する,行動,動機,感情,認知のパターンに対する傾向である。これらは,行動にエネルギーを与え,下位目標を優先順位づけし,誤りを検知するなどして,人々が持つあらゆる具体的な目標を達成することを可能にする一般的なメカニズムである。
本理論の主要な構成要素は,以下の2点に依拠する心理的・神経的メカニズムの記述である(文献, 文献)。
特徴的適応の失敗という観点からの精神病理の定義(前述の通り)
精神病理的特徴の主な次元(ビッグファイブを含む主要なパーソナリティ特性とほぼ同じ)
ここで第二の構成要素については検討しない。重要なのは,これらの次元における極端なレベルがそれ自体として本質的に病理的なものではないという点である(脚注)。むしろ各次元は,個人のパーソナリティに基づくもの(当該次元における極端なレベルが長期間にわたる場合)か,あるいは個人の典型的なレベルからより極端なレベルへの一時的な変動に基づくものかによって,精神病理に対する異なる形態のリスクを構成する。
規範からの逸脱が精神病理の基準として機能しない理由の一つは,事実上あらゆる心理的次元において変動こそ規範であり,極端な水準を示す健康な人々も存在するからである。心理的規範からの逸脱がサイバネティックな機能不全につながる場合にのみ精神病理が存在する。これは,精神病理のリスク要因となる次元において極端な特性レベルを持つ人々であっても,その極端な特性レベルを補完または代償する特徴的な適応を発達させ,それによって人生における自身の目標を効果的に追求できるのであれば,健康である可能性があることを意味する。さらに,主要なリスク次元のいずれにおいても極端なレベルを示さない人々であっても,何らかの理由で効果的に目標を追求できず,かつ効果的な目標追求を再開させるための新たな特徴的な適応を発達させることができない場合,精神病理を呈する可能性がある。つまり,特性や症状の次元における極端さは精神病理にとって必要条件でも十分条件でもないが,特徴的な適応の持続的な失敗は必要かつ十分な条件である。
脚注
「これら(つまり精神病理的特徴)の次元における極端なレベルがそれ自体として本質的に病理的なものではない」というはあまりピンとこなかったが,サプリメントの解説でクリアになった。ここで問題となっている次元は,精神病理のリスクを伴う,あるいは精神病理にしばしば付随する心理的特徴の変動を表している。
たとえば,ネガティブ感情のレベルが非常に高い人の多くが,ある程度の精神病理を示すというのは事実である。なぜなら,多くの人にとって重要な目標の一つは過度なネガティブな感情を経験しないことだからだ。精神病理のリスクとなるどの次元においても,極端になればなるほど精神病理を示す可能性が高くなるが,それはおそらくネガティブ感情で特に当てはまる。一方で,高い不安を経験することにすっかり慣れ,頻繁にかなり強い不安を経験することを受け入れつつ,それを補い管理可能なレベルに抑えるための戦略を身につけた神経質傾向の人の場合,こうした人々が重要な目標を追求でき,概して自身の不安レベルを受け入れているのであれば,精神疾患ではないと主張する。