柚木麻子「BUTTER」読書感想文 〜2024年のトレンドである「ケア」と「偽家族」という概念〜

hifuu123
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公開:2024/11/14

しずかなインターネットを初めて月次決算を書くようになり、2024年は毎月一冊は本を読むぞ、とささやかな目標を立てたこともあり、さて今月の本は何にしようかなと考えていた。10月はとても楽しみにしていた「柚木麻子のドラマななめ読み!」を読了したことから、柚木先生繋がりで手持ちのものを読み返すことに決めた。もはや肌寒さを通り越して冬の空気が混じりだしたので、こういう気候にぴったりなんだよな~と「BUTTER」を再読することにした。

スピリチュアルなことはあまり好きではないが、読書体験というか本を読む時には「今この本を読むべき気がする」と導かれる瞬間がある、と私は思っている。元々本を読むのは早い方だが、そういう本と出会えた時は水が合うようにすいすいと読み進めることができる。最近でいうと凪良ゆうの「流浪の月」がそうだった。ずっと存在は知っていたけれど、読むべき時が来たな、と思って購入してから1日ほどで読み切ってしまった。「BUTTER」は2017年初版発行の本で、柚木麻子のファンである私は発行されてから割とすぐのタイミングで読了した。ぼんやりとした記憶しかないのだけれど、食事の描写が素晴らしく美味しそうで、冬の空気感のある話だった気がする、と思って読み進めると、やはり今読むべき本だったようですぐに読了してしまった。

2017年当時に「BUTTER」を読んだ際の感想は、実存の人物・事件を参考にした作品を書くなんて柚木麻子作品では珍しいな……ということで、結構本気で賞を取りに行ってるんだろうなと感じたこと、とにかくグルメな先生らしく食の描写がいやらしさを感じるほどおいしそうということ、あとは柚木作品らしい女性同士の友情が書かれているな~というありきたりなものだった。何かのインタビューで柚木さんが「私の作品はよく『女どうしの戦い』『女のドロドロ』と紹介されることが多い」とおっしゃっていたけれど、私はどちらかというと柚木作品にはいつも「恋に近い女同士の強い感情」を感じてしまう。それは終点のあの子や王妃の帰還といった初期作品から感じているのだけれど、柚木作品の中で描かれる女たちの関係性はほとんど「恋」だといつも思う。本作の梶井と里佳、里佳と怜子の関係性もまさにそれで、改めて読んでも女同士の心の機微を濃厚に書いているな、と思ったし、そこが読みどころでもあるのだと思う。

初めて読んだ2017年頃からコロナ禍を経て7年ほど時が経っていることもあり、読んでいると時々7年前の自分を思い出した。7年前はまだ東京にいた。就職して上京してからようやく慣れてきて、東京や横浜が遊び場だと感じられるようになったのがこの頃である。同じく上京組の友人と頻繁に集まっては飲んでいた。おしゃれな店や食べ物、最新のスポットの話題に事欠かなかった。梶井はブランド志向の女と卑下されていたがわたしも似たようなもんであった。(そしてミーハーな部分はいまもそう!) 作中に出てくるエシレ・バターは丸の内の店でバタークッキーが欲しくて買いに並んだし、ロブションは味もわからず六本木の方の(カジュアルな、と作中にも書かれていた)店に足を運んだし、ウエストのホットケーキは今も忘れられない。本の中で2010年代の時代感を思い出して少し懐かしくなった。

2024年の今、「BUTTER」はイギリスをはじめとした欧州でヒットしているそうだ。それは単純にフェミニズム的視点だけではなく、ケアの視点が多く盛り込まれているからなのかもな、と再読して感じた。2017年に読んだ際には気づかなかったが、この本にはたくさんのケアが詰まっている。私が良いな、と感じたのは、篠井さん(社会的地位もあるマジョリティ)が悪者になることなく、周りに対して搾取や見返りなしにケアを与えられる人だったことだ。今や「ケア男子」と言われるくらい(いや、私が提言しているだけかも)料理や家事をする男性の描写はどのエンターテイメントでも増えた。2010年代に入ってからこの視点やテーマは爆増したと思っているのだけれど、本作の中でそれを強調することなく、篠井さんは傷ついた怜子にバターラーメンを作り、部屋を提供している。また、篠井さんが提供した部屋は、怜子だけでなく後輩たちも気軽に過ごせるような(合宿のような、という表現がされていた)場所になる。2024年のエンターテイメントでは「家族」という形のあり方を血のつながり以外で描くことが増えたと感じる。例えばこの夏にやっていた「西園寺さんは家事をしない」では「偽家族」がフォーカスされていたし、朝ドラの「虎に翼」でもステップファミリーを積極的に描いていた。それらをふまえて「BUTTER」を再読すると、篠井が提供した居場所や、最終的に里佳が決断したマンション購入は、誰もが気軽に来れる居場所作りだと言っていたけれど、まさにこの概念に近しいものだったのではないか。ますます、物語の中で関係性が上手く作れなかった梶井の存在が切ない。

主人公である里佳は、最終的に9キロ太った、と言う。私はこの9という数字にはっとした。もしかして、太った9キロというのは里佳が七面鳥を焼くホームパーティーに何とか呼べた9人の暗喩だったのではないか。人との関係性は自分を蔑ろにしていては構築できない。物語の冒頭で手先にささくれがあろうと何ら気にせずケアしていなかった里佳が、自分の身体と欲に向き合い、料理を習得していく。思いがけぬところから10人目が来たように、人生において無駄なことはきっと何もないのだと思う。

@hifuu123
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