ひとと暮らしたい

まよなか
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6本入りのスティックパンが半額になっていたから買ったのだけれど、家に帰ってふと、ああ私は今日中に同じ味のパンをひとりで6本食べなきゃいけないんだと思って、スティックパンって同居家族がいる人用の商品なんだなって初めて気づいた。

ひとと暮らしたい。家事を分担したい。自分だけでは荒れていく一方の部屋も、だれかが住んでいたら片付けの気力が湧きそう。お風呂もグダグダせずに入れそう。お皿も洗えそう。なにも食べたくない気分の日も、同居人に『何食べたい?』って訊けば、なにかしら答えが返ってきて、それで一緒に作ってその献立を楽しめそう。

ああ皆こぞって結婚を称揚するのはこれか、となる。私はさみしいとかはあまり思わないけど、あきらかに生活が営みやすくなるという点で、ひとと一緒に暮らしたいと最近よく思うようになっている。でも恋愛をしたいわけじゃなくて、ってか恋愛が邪魔すぎて、シンプルな結婚願望を抱くことが未だにできていない。同棲、となると、結婚とか、出産とか、性愛的な面から目を背けることができなくなるのが常で、それが本当に煩わしくて、その煩わしさと前述の暮らしやすさの面を天秤にかけてまだ煩わしさの方が勝ってる状態。

先日Xで友情結婚についてのポストを見て、私が理想としていたのはこれだなあって思った。お互い恋愛感情はないけど生きるためのパートナーとして唯一無二の存在だから結婚したにすぎないというスタンス、本当に理想。でも現実はそううまくいかないことも理解している。一緒に暮らしていればどちらかが恋愛感情に持ち込んでしまう可能性は十分にあるし、それはそれで受容すればいいだけの話なのだけれど、多分自分だったら受け入れられなくて破綻するだろうし。それは自分が好かれる側だった場合もだし、好きになってしまった側だったとしても。自分の恋愛感情に罪悪感を持つことってかなり残酷だし決してする必要のないことだから、そういうことになる可能性を鑑みると最初から恋愛感情を持った相手としか一緒に暮らす選択をしないというのはある意味最も賢明なことかもしれない。

@highway0
見られたくないようで見られたい、聞いてほしいけど聞かせられないような、そういう思考