LGBTQ+に関する説明をしまくってきた中で思ったことがある。
私は今のところシスヘテロAセクで、Aセクであることを除けばほぼマジョリティ側としての特権を持って生活している。それゆえに、セクマイについての説明をするときに自分の差別経験を思い出したり、フラッシュバックしたり、自らの経験を切り売りして説明するといったことが、ほとんどない。これはまさに特権だと思う。
私は、マイノリティのための権利運動は、アライやある程度生活や精神に余裕のある特権を持つ人間が率先してやるべきだと思っているし、日々の生活の中で苦しんでいる当事者たちを矢面に立たせて1から説明させるなんてことは絶対にするべきではないと思っている。その意味で、もちろんインターセクショナリティやアセクシャルであるマイノリティ性は考慮しつつも、ほぼ特権側として生きている私のような人間こそ、説明役に適任だと思う。
学んできたことをアウトプットして人に伝えるのも好きだ。自分が説明することで、少しでも差別が生まれる可能性を減らせるならこんなに嬉しいことはないし、ちゃんと聞いてくれる人になら、喜んで説明したい。それは今も変わらずに思っている。ただ、「浮奇ヴィオレタのことが好きなだけのただのいちファン」としての私として見られなくなることが、結構嫌だ。ジェンダー・セクシュアリティ研究は私の専門分野だし、当事者性もあるし、浮奇が体現してるものを日本のコミュニティに伝える手伝いが自分にできるなら…という思いで、浮奇のクィアな発言を翻訳したり、説明したりしてきたし、それはめちゃくちゃ楽しんでやってきたことだ。でも、私だってただ浮奇やENのみんなの配信を観てキャッキャ騒ぐだけの存在でありたいし(それができるならそうするけど、無意識な差別言説がファンダムにばんばん流れてくるから、ただのファンガールをする暇もなく活動しているわけ。)、それ以上の存在として、何か"権威"的なものにされるのが嫌だと思った。
説明するのは好意でしかない。自分のために必死に学んでいる知識を、ただの好意で提供している。その好意には限界があるし、説明役として当たり前の存在にはなりたくない。仲良くなった人や、大切だと思う人、聞いてくれる確信がある人には、きっとこれからも説明していくし、そもそも差別言説を目にすると腹が立って頼まれてなくても説明してしまうタチなので変わらずに説明に勤しむ私がTL上に流れてくるとは思うが、私もただの浮奇およびENメンバーのファンガールであることを、忘れないでほしい。
それと、今回のことで私のことを労ってくれたフォロワーさんたち。本当にありがとうございます。クィアとして連帯しながら浮奇を応援しているみなさんには強い絆的ななにかを感じているので、いつも一緒に戦っている気持ちです。冒頭で書いたように、私は自分のマジョリティ性・特権性を行使して特に傷を得ることなく説明したり翻訳したりしているので、そこは心配しなくて大丈夫です。むしろそこは私に任せてほしいくらいです。ただやっぱり、自分のマイノリティとしての経験によって傷を得る機会は少なくても、純粋に説明すること自体が労働で、いつヘイトが飛んでくるかわからない状況に身をおいていることが不安すぎたので、一旦説明役を降りようと思っただけです。あとはやっぱり、トランスヘイト一歩手前のマシュマロが来て、それへの返答を書いているときに、「自分が間違ったことを書いて、トランスジェンダーの人への間違った情報を広めてしまったらどうしよう」「自分の書き方次第で、これを読む人がヘイターになるか否かが左右されるんだ」と、すごく怖くなりました。実際そんなでかい力は私にはないとしても、私一人が権威にされて、私の説明が全てになることはすごく怖いことだと思います。だから、いろんな発信元からの信頼できる情報をまとめたリンクツリーを作ったわけです。私一人の情報じゃなくて、いろんな情報をもとにヘイトに立ち向かってほしいから。なので、フォロワーさんもぜひ私が作ったリンクツリーだったり、信頼してるサイトや本や動画を駆使して、説明という労働から逃げつつ、浮奇のただのいちファンとして、差別が少しでもなくなるように生きていきましょうね🫶