日記が続いたことがない。
常に何かを思いついて、頭の中で深まっていって、これは日記に書いた方がいいな、とその都度ワクワクするんだけど、他の用事や日常が挟まるとその時の衝動が全部どっかに行ってしまう。夜はダルいし眠いから寝てしまう。
今日は飛行機の中で書くモチベーションが高まったので、今のうちに書いてしまおう。
今ぐるぐる考えていたことは、「人間が嫌い」とか「人間はしょうもない」とか言いながら「自分」というものを大事にしている人間の話を聞いたり読んだりするのがウザったくて嫌いだ、ということ。その上で、自分だけは棚上げして、犬猫は好きとか言ってる奴はもっとウザい。そもそも「人間」という主語を使う時点で傲慢さを感じる。というのは当たり前すぎて使い古された論法だなあ…
人間は最低だ…!みたいなことを人間に言われると、じゃあ人間やめれば…?やめてないくせに何言っとんねん、と思う。自分自身が人間を嘆きたくなった時も、じゃあ死ねば…?絶対死にたくないよね?じゃあ理解に努めれば?と自分の脳内で完結してしまう。
私はすぐ上述のように「嫌いだ」とか言うが、実際日常で他人に対して許せないこととかほとんど発生しないです。
あと、人間やキャラクターの言動に対して文句を言った時に、「でも誰も完璧な人間はいないから」とか、「完璧じゃないからこそ良い物語だ。」みたいなことを言われることにもうんざりする。その人たちの言う「完璧な人間」てどんな人物だろう?私が「こいつは最高!こんな風に生きていたいな!」と感じる奴らは、世間的にはボコボコに叩かれてることが多いキャラクターだ。その時に自分は「でも完璧な人なんていないから…」という嗜めをしようと思ったことがないから、その台詞を言いたくなる人や状況とは何の違いがあるのかが気になる。
完璧であれ、とか思ってるわけじゃなくて、そいつのやっていることやある思想がムカつく、というだけの話をしてるんだけど、その意見をそもそも受け取られない感じ、賛成も反対もされない、相手の意見がわからない感覚が嫌いなんだろうな。
ものの10分間ですごいひどい日記を書いてしまった。
ここまで書いたことは全部今の気分で、私は明るくて前向きでハッピーな人間でもあるんですよね。毎日の思考のグルグルの中にこの日記みたいな思考もあるし、ハッピーアッパーな思考も三分おきとかに起こってるんだよ。そんなものだよね。最近アーデーハーデーの薬を飲みはじめたけど、別にこの思考グルグルは何も変わってないな。この部分は変えたくもないんだけど。グルグルをそのまま書いて見たらどうなるのかなと思って、あえて構成を考えずめちゃくちゃに書いてみてます。
飛行機の中で、リロ&スティッチ実写版を観た。大好きなアニメだったので、懐かしいし、アレンジが上手く効いてる。ナニがサーフィンのインストラクターを始めるシーンで号泣した。搭乗時間的に全部は見られなかったので、帰りの飛行機で後半を見たい。
地元の近くまで帰ってきて、両親と会って、父方の実家の祖母の遺産相続の揉め事の話などを聞く。別に全然大した遺産は無いんだけど、昔から常に何かしらで喧嘩していて、酒癖が悪く、家父長制ゴリゴリの鹿児島由来の家族。その中でも私の父はラスティカのようにフワフワ穏やかな人で、なんでこうなっちゃうんだろうね〜…と言いながら、自分は一切怒ったりすることがない。本人は「反面教師でこうなった」と言うが、こんなにも「両親や家庭のヤバいところを全く受け継がない」ことって選択してできることなのか…?といつも感心する。まあ、ちょっと行き過ぎて日和見主義的なところもあり、それによって私と言い合いになることもあるにはあるけど。彼の両親兄弟のように、怒鳴って全く対話にならないとかは見たことがない。
前から知ってはいるけど、あまりにその親戚たちが皆クセ強過ぎて、めちゃくちゃで、正に物語よりも奇なり、で、本当に面白い。私の母は昔その姑に苦しめられたトラウマもあり、「せっかくひこちゃんが来てくれたんだからもっと楽しい話をしよう」と話を逸らそうとするけど、私はその親戚の話の方が面白くて、沢山話してもらった。人間ってすごい。めちゃくちゃな人間たちがなんやかんやで生きてることを知ると、私は嬉しくなる。でも確かに自分が親や兄弟と毎回喧嘩しまくるのは面倒だから、父親がその人格を選択して生きてきた気持ちもわかる。
破茶滅茶日記1でした。公開すべきでは無いかもしれないから、そのうち非公開にするかもしれないし、2があるかもわからない。