2026年始まったのと、「ない」話と、「双亡亭」とその他

himupero
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公開:2026/1/2

■キーボードが下手くそなのか長文を打つと腱鞘炎になる 致命的では?

2025年が終わって2026年になった。30日を12回やったら一年が終わるのか、そりゃあっという間なわけだ。今年もよろしくお願いします。

■2025年、本当にいろいろ終わっていた。「それでよく動けてんね!」なんてお医者さんに笑われながら体内の貯蔵鉄がひとつもないことを知る。あれやこれや薬も飲みつつエビオス錠に手を出した。10錠✖️1日3回=30錠を続けてしばらく経つ。なんだか少し元気が出てきて、大晦日の夜は半額の寿司と共に笑顔でレジを駆け抜けた(レジのお姉さんたち、大晦日もどうもありがとうございます! よいお年を!)

■伝わらなきゃ「ない」のと一緒

というのが今年いちばん感じたことだった。いやわからん、人によって楽しみ方は異なるのでああ〜よかった〜って心の中で何度も反芻するのはとても素敵なことでかけがえのないもんです。それはとても大事にしたい。ただこう、「よかったよ」のアクションを作り手に伝えないと、それは「ない」と同じなんだよなと思った。あれっもしかして去年も同じ話してたりする?

人はテレパシーは使えないのでなんぼ心で応援してても言わんかったら終わり。言葉にして、(可能なら)金を出して、それをしていないのに応援している人が活動を終えた時に悲しむ権利は自分にないよな……

そんなことを意識するようになったのはなぜか売れないと噂のバンド(の割にはガチファンがめちゃめちゃいる。バンドってそういうもの? しかし2026年ツアー先に北海道がないのを見た時シワシワピカチュウの顔になってしまった)SAKANAMONに出会えたからだと思う。別に生活に負担がかかるほど推し事しようぜということではない。楽しませてもらった対価だけでなく、ありがとうを添える、それが大事だよなと思った。いやもうこれ多分令和じゃ当たり前の価値観なんですよね? 恥ずかしながら自分はこれがあんまりわからなかった。基本的にお出しされた商品を買う=応援につながる、だと思っていて「応援する言葉」の重要性をそこまで意識しておらず

でも自分で物事を継続し始めたときに、それを見てくれて「いいじゃんいいじゃん」って言ってくれる言葉ってすごい力が湧くんだな……

なんならすごくどうしようかなって困った時に、その人たちにもらった言葉でもう一回前を向くことだってできるんだよな

■数字はまあいうて数字なので、1はどうしたってイチにしかならない。多分ただの通りすがりの1だっていっぱいいる。明日にはイチしたことを忘れている人だって沢山いる。声に出さない美学もあることですし、そのイチも励みになるのはなるんだけど、やっぱり1で済むところをわざわざ声に出してくれた人のことはずうっと覚えているし忘れないものなあ。自分は、自分が応援している人やバンドやメーカーやシリーズにとって、窮地に陥った時「応援している人がそこにいる」と立ち上がる力になれるようなイチでありたい。なんという傲慢。いいじゃんいいじゃん、命短し、傲慢であれ。

■しかし他人の画像を書き換える世界が当たり前になってきて早数年、ちょっともう以前のインターネットとは事情が違いすぎる。紙の本を作り終えたらデータとアカウントを消したくなっちゃうぜ〜。自分ですらこう思うので、たくさんの人が同じように思うんだろう。だからみんなポンと作品を消していなくなってしまう。

■ワンクリックでアカウントを消してデータを消して さよならさよなら!またいつか! はすぐそこにある。

■だもんで、ちょっと今年は勇気を出して(?)わりかし直接アクションをしていった。10年以上ずうっと眺めていて憧れていた作家さんに直接メッセージを送ったりもした。返事を貰えた時はこう……びっくりして……時間が止まって……ちょっと泣いた。なんか流れてきた……すごくいい作品だ!?と思うものはすぐにBOOTHで買うようにしたし(一次創作は大体電子版をBOOTHに置いてくれている ありがとう)頑張っている作家さん、辛いとこにいる人に匿名箱から好きだーがんばれーとメッセージを送っていったりもした。

ある程度繋がってる人なら、よいと思ったことはリプライで伝えるようにした。あの、リポスト後の空リプ?文化、そうした方がいいのかなあと思ってたまにするんだけど、あれせっかくなら相手に伝えたらいいよな TLに流しても相手がちょうどSNSを閉じてしまったらただただ虚空に流れていくな……そうしたら、反応はもらえてるけど別に言葉はもらえないしもういいかな……でやめちゃったら困るな……と思うことが度々ある。自分は対人でコミュニケーションがうまくいかない人間なので、SNSぐらいはコミュニケーションを頑張ろう!となった。でも今の時代、直接リプとかまじ空気読めない〜うざい〜みたいなこともあるかもしれない。変化していくインターネットの温度感がわからん。

でもまあ幸いなことに自分は多少なりと言葉も使えるし字も読めるし(たまに日本語を間違うけれど)思考することもできるので、ある程度はやっぱり言葉を伝えたい。応援してもらったら自分もその人に言葉でいろいろ返したい。みんなすごい。いや、表現者とか研究とかすごいことに限らず、そこで生きている人全てが。家族や小さい命を抱えている人も。お客さんと対面して言葉をかわしている人も、もう本当にみんながすごすぎる。生きて声が出せるうちは、出していきたいなと思った。自分はあなたを応援していますと。そりゃもう、全身全霊で。

■ここから多分また同じ話をする

■わりかし自分はタナトフォビアのケがあるので(原因:幼少期に読んだレヴァリアース)死ぬの怖いな〜〜をよく考える。終わりの先にもう自分はいない、それすごく怖い。年末に観たサンシャイン池崎の「死を思う100分」の特番は面白かった。死を身近に扱うプロフェッショナルな人たちが沢山出てくるんだけど、そういう人たちですら「身近な人に不幸が起きて、初めて自分の身にもいつか死が訪れるということを意識した」という点も興味深かった。普通は考えないのか。

「死ぬの怖いな〜〜自分の意識はどこに行っちまうんだよ〜〜 いやだな〜〜!でも今生まれなかったら緒方賢一さんや千葉繁さんと同じ時代を生きられなかったんだよな〜〜」とか思う。これは山寺宏一でも中村悠一でも宮野真守でもどんな推しを当てはめてもよいです。

いつか終わる夢なら、まあできる限り沢山伝えたほうがお得な気がするね。

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●今年読んだ藤田和日郎先生の作品

■読者ハ読ムナ(笑)

常に感覚だけで漫画を描いていたので、人のアドバイスをもらった時に全くうまくいかないことに気付いたのが多分2024年あたり。「ここを削りましょう」と言われても、それがなぜなのかわからない。むしろ「削りましょう」と言われた部分に自分が好きな部分(物語進行としては不要である要素)が詰まっていることが多い。(多分)尖った部分を消して読みやすくする、そういう研磨作業を繰り返していて「職業作家さんはすごいなあ」と「そうか、だからこの人もあの人も商業をやめたのか」が繋がり始め、だんだんよくわからなくなってしまった時に読んだ。自分の中のよくわからない部分が全部言語化されていた。

君を否定しているわけじゃないんだぜ、自分と作品は切り離して考えてみようや、というのがとてもありがたかった。漫画の修正って自分の中から絞り出したものを書き換える作業なので、イラスト仕事におけるパターンB案でいきましょう〜とかとはまた違う。自己否定につながりがち。そして結果「俺でなくてもいいじゃないか……」「これなら趣味でいいな……」てなってしまう人も多いんだと思う。いやそれも大事なことだ。自分は何を守って、何を譲って、何を表現したいのか、がしっかりしてないと途端に描きたいものがブレてしまう。結論、世の中でしっかりとお仕事をしている表現者の人たちはめちゃくちゃタフで強くてカッコよくてすごいってことです。だからプロフェッショナルはプロフェッショナルなんだ……(初めて知った顔)

藤田先生のことは神保町・サンデー文化祭で実際に目の前で島本和彦先生と戦友トークしているところを目撃していたので、口語で書かれた文章がそのまま先生の口調・トーンと一致してスラスラ頭に入ってきたのもよかった。藤田先生の人となりを知らない人はYouTubeあたりで適当な動画を見てから読むといいです。実際もずっとあんな感じでした。あんなに物腰柔らかくて大変頭の回転が早いのを見せられたらそりゃまあ一発で好きになってしまう。ワーッドカーンてなる島本先生を手のひらでクルクル〜って巧みに扱ってたもん。いいなあ戦友。

■双亡亭壊すべし

全25巻。4年半ぐらい連載してた?らしい。 4年半?

びっくりした。4年かけてこれをやり切ったんだ…… すごかった。最初から最後まで一つのブレもなく、どうなっているのかと思う構成力で、描き切っている。映画だった。一瞬の物語だった。「この作品を読んで相対性理論を味わった」と感動に打ち震えていた小学6年生はいつも平日の放課後古本屋に寄るのが趣味で、昭和平成令和・少年少女青年漫画ジャンル問わずそこに置いてある漫画をほぼ熟読している(たまに貴重なお小遣いを握りしめてこれだと思う一冊を持ち帰ってくるらしい)。

「君が今まで読んだ漫画で、双亡亭と同じくらいの衝撃があった漫画ってある?」と聞いたら「いや、あれはちょっと次元が違う」と答えてきた。いや、本当にそういう漫画だったよね。自分は18巻あたりからずっと泣いてました。最終巻は20cmくらいの鼻水を垂らしながら読んでいた。ボーちゃんにも負けないかもしれない…… 映画は割と泣くけどさ〜〜漫画でこれだけ泣くの初めてじゃないかな〜〜!? なんでそんなに泣いた〜〜!? すごいな〜〜〜!!!??? 最近なんだかつまんないな……ちょっとプチ旅行でリフレッシュだ!とか行くんだったらこれ買ったほうがいいすよ。新幹線とお弁当代で世界が変わる。

生きていくということ、描くということ。多分藤田先生が生きてきた中で得たたくさんの言葉がそのまま、25巻の中に反映されていた。「読者ハ読ムナ(笑)」読んでからだとよりよいと思います。この先生だからこのセリフが出るんだ、が容易に想像できる。

たくさんの答えがあった。もう自分の心のバイブルが昔読んだ本ばかりになっていく中、この年でこれだけの衝撃を受けたのが本当に嬉しい。自分が死んだらこれが入ったKindleを一緒に棺にいれてくれ。でも電子機器はバッテリーが爆発して木っ端微塵になるかもしれない……

とりあえずセールの時にでも、漫画喫茶でも、どこかで、読んでほしいなあ。もし電子書籍で読むときは、13インチipad横画面以上のサイズでおすすめします。やっぱりね、大きさは迫力と感動と直結するので。スマホで読んじゃもったいないよ、これは。

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■普段テレビを全然観ないけど年末だけはちょっと観る。紅白、ニンテンドーミュージアムからお届けされた「創造」はバリテンション上がってしまった。CDTVライブ、ミセスの「我逢人」の歌詞すごくよかったな。歌う人も、踊る人も、パフォーマンスをしている人が全員輝いていた。きっとここにも、それぞれが抱えているこだわりがあっても、そんでも聴いたり観ている人に一撃かつ直線で伝えるために削って研ぎ澄まされた表現が沢山ある。プロだな〜。

「好きすぎて滅!」はそりゃ流行る。