4月8日の夜は国会前を始め全国でたくさんのデモが行われた。わたしは残念ながら現地は行けず、家で仕事しながら国会前の配信を見ていた。そこに「日の丸・君が代」裁判の当事者、元都立高校の教員の二人がスピーチに立たれたのを見て驚いたとともに、数年前に見た舞台の記憶が蘇ってきた。二兎社の『歌わせたい男たち』のこと。

『歌わせたい男たち』はとある高校の卒業式の朝、今年も国歌斉唱時の不起立を表明している歴史教師、起立して国歌斉唱してほしい校長と若手の英語教師、よく事情を知らずあわあわしている元シャンソン歌手の音楽講師、なぜか全員が集まってきてしまう保健室を舞台にしたドタバタ悲喜劇だ。
まさに「君が代」問題ド直球のテーマである。だけど劇中で「笑わせんな、泣きたいのに」という台詞そのままに、観客席のわたしも笑ったり泣いたりゾッとしたりまた笑ったりと感情大忙しのすばらしい舞台だった。
君が代を歌う、たった40秒、どうして自分を曲げられないのかと校長は執拗に拝島(君が代斉唱を拒否する教師)に問い続ける。だけど本当に問われるべきは、たった40秒、他者が自分の意思を表明することになぜあなたは反対するのか、ということだ。そしてそれを問われるべきは目の前にいる校長のみならず、その背後にある強烈な同調圧力。それこそが「歌わせたい男たち」だった。
日の丸・君が代をめぐる動きとしては、1999年国旗・国歌法成立、2003年都教育委員会が都内公立校向けに「10.23通達」(式典における国旗掲揚、国歌斉唱についての細かい指導通達)、2004年不起立だった都内公立校教職員248人を処分、2005年は64名が処分されている。
わたしが見たのは2022年だったけど、初演はなんと2005年だ。ほぼリアルタイムと言ってもいい時事問題をこのクオリティで落とし込んでるのすごすぎるなと思うし、2022年に見てもまったく古びてないどころか、この問題はより深く社会に根を張ってると感じた。そして2026年、高市政権は現代の治安維持法になりうるとも言われるスパイ防止法を閣議決定し、「国旗損壊罪」の成立を急ぐ。
パンフレットの対談で永井愛さんが、この芝居をロンドンでやらないかと打診を受け企画書を送ったら「ロンドン市民には理解されない。」「もしロンドンでこんなことが起きたら、他の先生たちや保護者が黙ってない、デモになる。」と言われたそう。日本ではそれがなぜか処分する側とされる側の争いになってしまうと。
「個人」や「人権」よりも「誰か知らないえらい人が決めたこと」のほうが大事だと思ってしまう、思わされてしまう、この国の空気はどこから来るんだろうと舞台を見たときに思った。
そして今は「戦争は教室からはじまる」という聞いたばかりのスピーチがひとつの答えだったのかもしれないと思っている。
僕だってガチガチの左翼なんて言われたくない、本当は猫の話をしたいんだ、と項垂れながらも不起立を貫こうとする拝島のような教師は今はもうほとんどいないだろう。それでも、ほんとは映画館に行ったり家でゲームをしてたいんだと愚痴をプラカで訴えながらデモに集まってくる人はまだこんなにもいる。現実はまだゲームセットじゃない。
今日スピーチされた女性の一人は式典の国歌斉唱の伴奏を拒否して処分され、その処分を巡って裁判で闘われたそう。
こちらの方だろうか……レジャンドじゃん……。
式典の中でピアノの前に座り、それでも鍵盤に指を乗せなかった勇気を想像する。重い沈黙を。貫いた覚悟を。
舞台『歌わせたい男たち』ではピアノの伴奏をする音楽教師はノンポリとして描かれ、国家斉唱はしないと意地を貫くのは男性教師だ。「歌わせたい男」である校長は当然年配の男性なので、それに対して拒否するのが若い女性教師だとコントラストが付きすぎて問題が見えにくくなるという判断かもしれないけど、今になってみるとちょっともやっとするところではある。
年配で男性である上司に強い圧力をかけられながら、それでも彼女は弾かなかったし、諦めることなく裁判を戦い抜いた。そんな彼女を称える物語をいつか見たい。
そしてスパイ防止法や国旗損壊罪が俎上に上がっている今だからこそ、デモの場で「君が代」裁判の当事者の人たちの言葉が聞けて良かったなと思う。
ところで先日、小学生の子供と友人たちのカラオケに保護者代表としてお付き合いしたのだが、子供たちが一番初めに入れた曲が「君が代」だった。わたしは一瞬ギョッとしてしまったのだけど、子供らは「全員で歌える歌」としてセレクトしたようだった。ちなみに一番最後の歌はアンパンマンマーチだった。
今の子供らにとって「君が代」は「アンパンマンマーチ」と同じくらいに親しみのある歌なんだろうか。私たちの世代はまだかろうじて知る「君が代」への気まずさは、戦争が遠くなるに従って消えていくものなんだろうか。消えていってしまってもいいものなんだろうか。ふんわりとした愛国心を育てることが何につながっていくのか。
「戦争は教室からはじまる」という言葉をもう一度噛みしめる。
(↓劇のパンフレットにあった、世界の「国歌斉唱・国旗掲揚」事情)
