今日は上の子の最初の受験日だった。お弁当のおかずは出勤前の夫がほぼ用意してくれていたのでそれを詰め、あとはわたしが校門前まで送っていく。たいしたことではないけど、ふだんは午前中のんびりと家で過ごす在宅ワーカーなので気持ちだけ忙しない。今日は気温が上がると天気予報で言ってたけど、朝8時すぎはまだ空気がぴりりと冷たくて、一番ぶ厚いダウンを着てきてよかったと思った。歩道の隅にはまだ日曜日の雪が残っている。
がんばってと声をかけて校舎に向かっていく子の背中を見送った。わたしよりもう背は大きいけどまだ頼りない背中。知らない場所に一人で足を踏み入れるのは不安だろうなと思う。まだ15歳。だけど親にはもう、お弁当持たせてがんばれと声をかけることくらいしかできることもない。
三年間楽しめる居場所が見つかりますように。
帰り道にハード系のパンを売っているパン屋に寄ってみたけどまだ開店前だった。残念と思いつつ歩いていたらサイゼリアがあって、そっちはもう開店していた。そういえば朝食を出すサイゼリヤがあるとSNSで見た気がする。こんなタイミング、なかなかないので行くしかない!と即決で店に入った。
昼や夜と違ってのんびりとした雰囲気だ。普通の出勤時間みたいなのも過ぎてるからかもしれない。遠くのほうから店員さんの「お好きな席にどうぞ~」という言葉が聞こえてくる。
メニューはフォカッチャが中心でサイドメニューはフォカッチャに合わせやすいもの中心にレギュラーメニューと同じものが並ぶ。わたしはとりあえずセットになっているものを、そのなかでも新メニューらしい卵とパンチェッタのパニーニ(サラダとドリンクバー付き)を選んでスマホで注文した。
しばらくすると朗らかな音楽とともに配膳ロボットが運んできてくれる。猫とかじゃなくても音楽鳴らしながらやってきてくれるだけでちょっと和む。

これで税込450円!写真の撮り方ヘタでフォカッチャの中が見えないけど食べごたえあっておいしかった。もし次に来ることがあったら半熟卵とほうれん草ソテーでカスタムしたいな。絶対おいしい。
卵とほうれん草といえば映画『キャロル』でキャロルとテレーズが初めて食事をともにするシーンを思い出す。ポーチドエッグにほうれん草の付け合せ、それにドライマティーニを合わせるセンスがランチとは思えないほどに色っぽかった。同じメニューを出してくれる店ないだろうか?と思ってたけどドライマティーニをグラッパで代用すればサイゼリヤでエセキャロルごっこができるかもしれない。
ドリンクバーでコーヒーをいれ、そういえばサイゼリヤのドリンクバーは陶器のカップとソーサーがあるんだなということに今になって気付いた。わたしは読書しにたまにロイホに行くのだけど、値段はサイゼの倍はするロイホのドリンクバーの温かい飲み物用の入れ物はマグカップだ。しかも陶器ですらない。
普通に考えてカップ&ソーサーよりカップひとつのほうが、片付けるのも洗うのも仕舞うのも楽だ。わたしだって家ではマグカップしか使わない。カフェならともかく、ファミレスならカップだけでも誰も怒らない。物価は上がり続け人は足りず、飲食業界はどこも厳しいだろう。不要なものはどこまでもギリギリと削られてるはずだ。安さをなんとか維持するサイゼだってメニューも減ったし、スマホ注文になったし、配膳ロボットが店内をくるくる回って人間の従業員は減った。それでもソーサーはあるんだ、と思った。矜持のようなものを感じる。こんなに安いのに健気だ。でも実際、コーヒーもカプチーノもロイホよりおいしいと思う。もとから好きではあるけどサイゼリヤをちょっと見直した。いつかサイゼリヤからソーサーがなくなったらきっと悲しい。
そんなことをぼんやり思いながらパニーニを食べ終わり、二杯目にカプチーノを入れて家から持ってきた柚木麻子さんのエッセイ『とりあえずお湯わかせ』をパラパラと読む。島本理生さんが直木賞受賞記念会見で男性記者に「旦那さんの一番好きな料理はなんですか?」と質問された日から三年経ってもまだ怒っている柚木さんが、自分が同じことを聞かれたらどう回答するかを直木三十五にちなんで35通り考える回、何度読んでも笑ってしまう。
この数日どうにも頭の上に重たい雲が乗っているようなかんじだったので、ひさしぶりに笑えて少し肩の力が抜けた気がする。笑えるって大事なことだ。
だけどわたしはこのエッセイ本をきちんと読み通せてない。というのも子育てワンオペやコロナ期のしんどさが書かれているページも多く、どうしても自分の当時のしんどさが思い出されてつらくなったりする。だからそういうところは飛ばして楽しいところだけを読んでいる。
今でもニュースでオリンピックの様子を見れば2021年の東京オリンピックの時のしんどさを思い出す。子どもが遊ぶような施設はどこも閉鎖中で、帰省をするな外食もするなという空気のなか、子供と家の中に閉じ込められ、コロナの病床が足りないというのにオリンピックは強行された。上の子は小学生だったので会場に動員されそうにもなった(予定の数日前に中止が決定された)。
そのときはコロナのストレスが大きかったけど、コロナがなくても東京での開催は反対だった。福祉や平等のため税金の使い道はいくらでもあるのに、オリンピックのために新しい施設をたくさん作るようなことはやめてほしかった。今のミラノ・コルティナ五輪でも大規模な抗議デモが行われているとニュースで見た。抗議している人たちに連帯したい。
だけどオリンピック関連で良いニュースも見た。誹謗中傷が集まってるらしいことを思うと安易に良かったとも言えないけど、若い選手たちの発言した勇気を称えたい。当たり前のこと言ってるだけなのにね……
笑ったりまた気が塞いだりして、でもカプチーノはやっぱりおいしかったので満足して家に帰ることにする。
配膳ロボットが料理と一緒に運んできてくれたレシートのバーコードで無人レジでお会計をする。店を出るときまた遠くから「ありがとうございましたー」と声が聞こえてきて、そういえば店員さんと一度も話さなかったなと不思議な気持ちになる。
でもそれを寂しいとか物足りないとかは思わなかった。わたしは話さなかったけど、近くのテーブルの人は何度か店員さんを呼んでいて、店員さんが丁寧に接客しているのを見た。いろんなことから人手が解放されたからこそ、必要なコミュニケーションに時間を割く余裕があったのかもしれないと思う。
働き手が減りつつある今、どんなサービスも自分でできる人は自分でやって、できない人やイレギュラーだけを店員さんが対応する、というのが基本になるんだろうなと思う。サイゼリアの現行システム、とくに未来感は感じないけどあまりにシンプルな導線ゆえに最適解みを感じた。
それはともかく、朝サイゼが何より良かったのはのんびりした雰囲気。サイゼ、夜も昼もおやつタイムもとにかく混んでるのでこれまでゆったり過ごすことができなかった。でも朝サイゼなら一人でゆっくり読書もできる。他のファミレスの朝食より安いし、ちょうどほしいくらいの量だし、カスタムできるし、なによりカプチーノが美味しい。
一人でも来たいが、春休みにでも子どもと一緒に来ようかなと思った。焼フォカッチョにミルクジェラート乗せたやつ、食べさせたい!
そしてわたしは半熟卵とほうれん草はさんだフォカッチャでひとり、テレーズ気分を味わうのだ。