あまり家から出ることのない週末だった。だから日記も書かなくていいかなと思っていたけど、前回の衆院選の日の日記(たった7ヶ月前だ!)を読み返して、選挙の日は何もなくても日記を書いておこうかなと思った。
見たい映画がないわけではない。だけど下の子は病み上がりで、上の子は受験直前の週末で、しかもインフルが大流行。夫もいるし、わたしが出かけたところでなにか問題があるわけでもないけど、念のために何も予定は入れてない週末だった。期日前投票も済ませていたし。
結果的に予定を入れてなくて良かった。土曜日もすこぶる寒かったが、衆院選の日曜日は朝から銀世界だった。歩道まで雪に埋まっている。夜中に降り出したらしい雪はまだ降り続いている。都内でこんなにつもるのは4年ぶりだ、ということを写真フォルダを検索して知った。4年前は子どもたちを連れ近所の公園で雪だるまを作った。東京はまぁ雪が降らない。わたしの地元の九州より降らないんじゃないかというくらい降らない。なので雪の日はビッグイベントなのだ。さむいさむいと言いながら子どもと一緒にベランダに出て雪を見る。
とはいえ四年前から子どもたちは大きくなった。上の子はとにかく怪我をされたら困るのでできれば家にいるようにと頼み、病み上がりのくせに友達と公園に行くという下の子にはいってらっしゃい気を付けてと見送った。わたしはもう雪だるまを作らなくていい。
選挙の日はいつも落ち着かない。これまでだってずっとそうだったのだから、望むような結果は出ないと思ってはいても、もしかしたら、という希望も捨てきれずにいる、毎回。
外気温が低すぎるせいでエアコンの効きが悪い室内で、炬燵にあたりながら『武器としての世論調査 ──社会をとらえ、未来を変える』を読んだ。いつも選挙情勢報道をまとめてSNSに流してくれる三春充希さんの著書だ。
私たちの政治参加は様々です。
文章を書き、詩をよみ、歌をつくり、音を奏で、悩み、決断し、話し、投票し──そうした全ての表現を放つことで、社会を少しずつ動かせるはずなのです。
『武器としての世論調査 ──社会をとらえ、未来を変える』(三春充希)
世論調査や情勢報道の意味、選挙制度の問題点など、実際の調査や選挙結果などたくさんのデータを元にした分析が本書の中心ながら、民衆の政治参加の意味についてアツく語ってくれているところがとても良かったし、とくに今日は救われる。
少し前に読んだ『現代ファシズム論 何が民主主義を壊すのか』によって、イギリスが国民投票によってEU脱退を選び、アメリカはトランプを再選させたという直近のポピュリズムな現代史の流れは把握していた。今回の衆院選の大勢が判明した今思うのは、このような世界情勢の中で、とくに権力に弱い自国が突然、左右のバランスを取った〝賢い〟結果を出せるはずもないだろうということだった。
一度の幻滅で民主主義を放棄すれば、人間は専制的な権力者に恣に支配される。自由が欲しければ、あるいは人間の生命が尊重される文明社会で生きていきたいなら、民主主義という武器を使って専制的な支配者と戦い続けなければならない。そのような持続力や忍耐力が民主主義を支える市民の美徳である。
『現代ファシズム論 何が民主主義を壊すのか』(山口二郎)
持続力や忍耐力。まさに今必要とされているもの。
夫担当の夜ごはんは鍋だった。一番さむい夜にお鍋。部屋も身体もあたたまって良い。下の子もすっかり元気になったみたいで一週間ぶりに学校に行けそう。明日以降は気温も上がっていくみたいだ。取り急ぎ関東は雨が降ってほしいな。ダムは干上がってるし、森林火災も止まらないし、野菜がこれ以上高くなるのも困る。春までもうすぐ。
夜中、伊藤純子さんの『わたしもナグネだから』を読み返す。
キムさんは「民主主義の究極はその自由な社会にある」と言う。それを守るためには、まず私たちは自由に生きなければいけない。会いたい人には会うし、助けたいと思ったら助ける。少しぐらい怖くても、やりたいことはやってみる。そうしないと、どんどんやれないことが増えていく。そうなのだ。自分で自分を抑圧したら、民主主義はそこから弱くなってしまうのだ。
『わたしもナグネだから 』(伊東順子)
書きかけの二次創作を仕上げたい。短歌のレッスンも続けたい。来週の日曜日は友だちと美術展に行く予定がある。春休みになったら子どもたちと水族館に行く約束をしている。ハングルを勉強したい。春には行きたい映画祭もある。
楽しみな予定とやりたいことをひとつひとつ数えていく。
一九八〇年代、世界中で強権政治に反対する運動が起きていた。その中で韓国や台湾のように民主化を実現させた国もあれば、ミャンマーや中国のように民主化の夢が踏みにじられた国もあった。弾圧から逃れた人たちの一部は日本に、また民主化後の韓国にもやってきた。
第二次世界大戦後、アジアで曲がりなりにも民主主義的な制度を許されたのは日本だけだった。たとえ米占領軍から与えられたものだとしても、それが不完全な民主主義だったとしても(そもそも民主主義に完成形はなく、いつだって途上にある)、私たちには言論と表現の自由があった。そこに韓国も加わった。
今、アジアの民主主義にとって日韓の役割はとても重要だと思う。そうだ、私たちはアジアの民主主義のベースキャンプを作ろう。キムさんとそんな話をした。
『わたしもナグネだから 』(伊東順子)
言論と表現の自由を手放さないように。脅かされないように。違う考えの人とも、隣の国の人とも、手を取り合って生きていけますようにと、つぶやくように祈っている。