『夜明けのすべて』を劇場で見てきた。
公開が2月の頭で、なんかちょうどいろいろ見たい作品が多かったのか、タイミングを逃してしまって見られないまま近所の映画館では終映してしまい、もう配信で見るしかないのかな……とほぼ諦めていたのだけど、ふと思い出して検索したらテアトル新宿での上映がピンポイントで行けそうな時間帯、しかもその日は三宅監督のトークショー付きなんてラッキー!
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新宿に映画を見に行くのはけっこうあるのだけどシネマートかバルト9が多くてテアトルはひさしぶりだった。ちょっとクセの強い邦画が多いよね。監督は系列の渋谷の映画館で若いころバイトしていて、フィルムチェックのためこのテアトル新宿で『EUREKA』を見たことが印象に残っているそう。『EUREKA』は今後も映画館でかかると思うから未見の人はぜったいに映画館で見てくださいともおっしゃってました。
監督のトークショーはほぼQ&Aになり、そのあとは緊急でサイン会もしてくれた。サービス精神旺盛。Q&Aで手を挙げる人のほとんどが今日で4回目とか8回目とかめちゃめちゃリピーターばかりで質問もマニアック。サイン会でも監督はひとりひとり話を聞いてくれててみなさん熱心に感想を伝えられていて、とくにわたしの前の方はこの映画のおかけで復職を決めましたと感動的なお話をされてわたしも心の中で拍手!……しかしますます浅い感想しか言えそうにない初見勢としていたたまれなさを感じつつも「わたし今日初めてなんです」って正直に言ったら「えっうそ!!!」と監督に驚いてもらったのでよかった😂 でもそれだけリピーターの方がいたからこそ上映が続いてて、そしてついにわたしも観ることができたんだなぁと感謝しきりです。

そして映画は評判どおりめっちゃめちゃよかったです。
PMSのせいでイライラしすぎて周囲に当たってしまう藤沢さんと、パニック障害で通院中の山添くん。小さな会社の同僚であるふたりはあることがきっかけで互いの持つ「生きづらさ」を知り、シンパシーゆえのふしぎな友情が芽生えていく。
時代のテーマは「ケア」だなと最近良く思うのだけど、本作のテーマもまた「ケア」そのものだったなと思う。
藤沢さんと山添くんが互いに少しずつおせっかいをして相手の生きづらさを和らげようとすることも、会社の人達(本当にいい人たち!)が月イチでブチ切れる藤沢さんにすっかり慣れておだやかに対処してくれるのも、パニック症状になった山添くんのことも過度に心配しすぎないことも、「ケア」だった。
「ケア」というと家族間のことだったり、それをアウトソースした場合などに発生するケアワークのことを考えてしまうけど、そういう責任が伴うもののずっと手前にある、他者と関わるときにあれば助かる「潤滑油」のようなものもまた重要な「ケア」であると思う。小さな親切や気遣い、ただ見守ること、落としたハンカチを拾ってあげること、そんな小さなこと。
経済至上主義の社会は経済価値を生み出さない「ケア」を軽視する。とくに職場は仕事をして賃金を得る場所だから、どうしたって効率的になってしまう。きちんと滞りなく仕事をしてくれる人がいい。ブチ切れて場の空気を乱したりする人や、突然パニック症状起こす人は排除されてしまうだろう。誰かへの無償の親切は、自分にだって心の余裕がないとできない。
藤沢さんと山添くんが働く栗田科学の栗田社長、そして山添くんのもと上司である辻本は自死遺族の会で知り合ったという、原作にはない設定がある(会の活動の様子を描いたシーンもまた重要な「ケア」の場だった)。栗田も辻本も大切な人を失って傷ついた経験があるから、生きづらさを抱えた人が最悪の道を選ぶことなく、ただ生きていけますようにと、願うように彼らをやさしく見守る。そんな年長者たちの祈りにも似た視線にも泣かされるものがあった。
藤沢さんと山添くんも互いを「ケア」する。最初はパニック障害のことを知った藤沢さんが突然使ってない自転車をくれたり髪を切ってあげると部屋に乗り込んできたりと、山添くんにとっては迷惑に近い親切だったのだけど、自分本意すぎる藤沢さんの行動が面白くなってしまい、ふたりは気のおけない間柄となる。山添くんもPMSのことを勉強し、藤沢さんが困らないように手助けしようとする。受けた親切を返す、くらいの軽い感じではあるのだけど、二人の間で良い循環が生まれていく。そこに恋愛感情はない。恋愛じゃなくても困っている人を「ケア」することはできる。そんな当たり前の人間の感情や行動を、この映画は確認するようにやさしく肯定する。
そしてそんな小さな「ケア」の積み重ねがやがて、今は消えない痛みを癒すこともあるんだろうと、そんな光を見せてくれる映画だった。その光は、とてもうつくしかった。
この物語はすごくパーソナルな藤沢さんと山添くんの話だけど、自分自身はまわりの人を「ケア」できているだろうか、とか、いつ自分がなんらかの当事者になってしまうかもしれない予測不可能な未来をたくせる社会だろうかと、考えさせられる。物語が目の前の現実としっかりと繋がっていると感じられる作品だった。
そして、生きづらさの果てに死を選んでしまった人にも暗がりの中でそっと手を伸ばすような、そんなやさしい物語だった。
あなたが死んでも、届ける人がいれば、あなたの言葉はいつか誰かに届く。星の光が地球に届くまで何年もかかるように、時間がかかってもいつか。そう、思った。
本当に見てよかったです。
映画から帰宅したのち、原作の電書をDLして一気読みした。
アウティングみたいなシーンや、若い男女が仲良くしてたらすぐ付き合ってんの!?ってなる周囲のおじおばちゃんたちがやたらからかうシーンなんかは映画に採用されてなかったのはよかったと思う。なんでもすぐ恋愛に結びつけることもまた人を傷つけることだ、ということは今期のドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか』でも描かれたことだった。
原作はもちろん素晴らしいのだけど、映画はよりアップデートしていてよかった。
役者さんの話。
上白石萌音さんが素晴らしいことはわかってる。それでもあのラストのプラネタリウムのトークは良すぎて泣いてしまった。朗読だけで泣かせる俳優さんです。そして見事なコメディエンヌでもありました。けっこう笑えるシーンも多いんですよね。原作の例のエピがもし使えてたとしたら、アカペラでクイーンのヒット曲歌いながらボヘミアン・ラプソディのあらすじをまくしたてる上白石萌音ちゃんが見られたってこと!?って想像しただけでめっちゃめちゃ面白すぎる😂
松村北斗さん、わたしはカムカムとたまに見る歌番組での印象しかないのだけど、あのキラキラした王子様のような人がおっちゃんらと同じ作業着はおって小さな会社の小さなデスクでぼそぼそ仕事してるのになんの違和感もなかったことにまずはびっくりしたし、どのシーンもめちゃめちゃ繊細な演技ですばらしかった。プラネタリウムで藤沢さんのトークを外で聞いてるときの表情とかね…ほんとうに……😭 ちなみにパニック障害を演じるにあたって、役者が本当にパニック障害を起こしてしまう危険性もあることから、現場には必ず医療監修の方が入ったという話がパンフレットにあった。ICも話題だけど、やっぱり今のエンターテイメント業界はいかにして演者を含めた働き手を守るかというのが大きな課題なんだろうなと思う。
あと山添くんの恋人の千尋さんを演じた芋生悠さん、ドラマ「SHUT UP」で悠馬の恋人である彩を演じてらっしゃいましたね。彼女もまたクレバーでフェアな役がお似合い。大好きです。
そして栗田役の光石研さん、辻本役の渋川清彦さんも本当によかった〜。前から好きだけどますます好きになりました。
あとこれは役者さんの話ではないのだけど、なんの説明もなく、ベテラン経理の住川さんの中学生の息子さんがミックスルーツだったのも、なんか良かったなと思っている。住川さんの息子さん、と紹介されるだけ。この社会にはすでに多彩なルーツの人たちが住んでいる。その現実を誇張するのでもなく隠すのでもなく、ただそうだからと映し出そうとする作り手の成熟した視線を感じました。
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映画見終わってタイ料理屋にラストオーダーギリギリで滑り込み。春休みで食べ盛りの子どもの食事を三度三度作りつづけている疲労に沁みました。
春休み後半もがんばれ私!!!