めちゃめちゃネタバレありの感想でーす!
最初に思ったのは、やっぱり自殺が物語の核のひとつとして描かれるんだな、ということ。脚本家の野木さんはずっとテーマの一つとして自殺問題を描いてきた人で、それこそ『アンナチュラル』は主人公が無理心中の生き残りだったし、自殺サークルの事件の回もあった。『MIU404』では主人公のひとりである志摩という刑事が、かつての相棒が自殺したという過去を抱えているという役どころだった(結果的に自殺ではなかったのだけど)。また事件モノではないし自殺が起きるわけではないけれど『獣になれない私たち』というドラマでは、職場でも恋愛でも周囲に都合よく使われて疲弊したヒロインが、ときに地下鉄のホームで、ときにビルの外階段で、ふっと生命を手放しそうに見えて怖かった。
自殺者は今も年間二万人を超える。知り合いに自殺者のいない人のほうが少ないんじゃないか。わたしにもいる。死を選ぶほどの苦しみは、他人が想像しても本当のところはわからない。だから残された周囲の人たちはずっと戸惑い、悔い、痛みを抱えつづける。
山崎佑がどうして自殺したのかも、本当のところはわからない。彼自身が映画の中で語るセリフはあまりに少ない。恋人の筧まりかも最初は確信を持てなかった。会社のせいなのか、それとも自分のせいなのか。だけど結果としてあの計画を実行したのだから、彼女なりになにか確証を得たんだろう。だけどそれを社会に訴えることもできない(すでに口をふさいでいる巨大企業のやり口よ…!)。なによりそんなことをしても佑は目を覚まさない。
世の中の殺人のほとんどは理解できないが、殺人事件の犯人に対する復讐殺人は少し違う。なにせ、最愛の人を殺されてしまっているのだから。それでも周囲に誰かいれば、あるいは他に守るものがあるならば他の道もあるだろうが、鈴木さんには彼女しかいなかった。彼は孤独だった。
これは『アンナチュラル』のシナリオブックのあとがきにある野木さんの文章だけど(復讐殺人を描いた5話について)、『ラストマイル』の筧まりかにも通じる話だと思う。彼女もまた、孤独だったのだ。
だからこそ彼女にも、鈴木さんのように生きててほしかった。生きて捕まってほしかった。山崎佑のためにも。彼がいつか目を覚まして彼女がやったことを知ったらどれだけ絶望するだろう。それを想像するとあまりに胸が苦しい。
「私たちはいつも間に合わない」というのは『MIU404』の桔梗さんの言葉だけど、『アンナチュラル』から続くこのシリーズでは誰かしらが常に「間に合わなかった」痛みを抱えて、次は絶対に間に合わせようともがき続けるのだ。それだけがうっすらとしか見えない希望へと続く道だから。
閑話休題でミーハーなつぶやき。
シークレットゲストがやばい。劇場であの顔写真付きの資料見えたときみんな度肝抜かれたよね??? 贅沢なキャスティングだったなぁ〜。願わくばまりかちゃんとの幸せな過去とかも見せてほしかった…あまりにつらすぎるので😭
もうひとりのシークレットゲスト、仁村紗和ちゃん!これ絶対「あなブツ」からの引用だろ〜!と思った。「あなブツ」こと「あなたのブツが、ここに」は、コロナ禍で物流ドライバーとして働くシングルマザーのヒロインを仁村紗和ちゃんが演じていて、めちゃめちゃいいドラマだったんですよ。物流の女が物流業界を刺しにくるキャスティングおしゃれすぎんか!?と一瞬ぶち上がったけど、まりかちゃんの人生がつらすぎてはしゃげない……😭
主役の満島ひかりちゃん!本作はやっぱり彼女の映画でしたね。とにかくエレナに笑わされるし泣かされるしで大変。エレナってすごく努力の人だと思うんですね。そんな彼女が着るにふさわしい赤をひかりちゃんが見事に着こなしていて、本当に最後までかっこよくて、素敵だった。
岡田くん演じる梨本孔は周囲に興味なさそうに見せて、じわじわと、時にドバっと感情があふれるギャップにやられました。ソファのシーンはね、ほんと色気ダダ漏れでだめです😂 あとラストシーンの怯えた表情もとても印象的で、彼がまた傷つくことがないようにと願わずにいられない。
『アンナチュラル』チームも『MIU404』チームもあまりに自然すぎて、わたしたちが知らされてないだけであれからもずっと彼らの日常が続いていたのかと思った。ほんとに。ファンとしてはすべてのシーンが尊かった…!そして『ラストマイル』は復讐の話でもあるので、それについてミコトと中堂さんのコメントが交錯する短いシーンがほんと『アンナチュラル』でグッときました😭 あと迂闊なことに臼井くんに気づかなかったんですよ〜!エンドクレジット見てびっくり。次は絶対確認してくる!元気に生きててくれてありがとう😭
そして毛利さん!めっちゃするどいやん…!コメディリリーフなのに刑事としてちゃんと優秀なのが本作でも要所要所で描かれててよかったー!大好き!
火野正平宇野祥平しょうへいコンビこと佐野親子、影の主役と言われてるだけあります。こんな味のある親子いる…?配送ドライバーという過酷な毎日の中でも職業人としてのプライドを失わない親子。かっこよすぎだよ〜。ラスト本当に最高でした。彼らが報われる社会になるべきだと、観た人みんな思ったはず。
あと劇場外の話なんですが、上映前に廊下にいたら若い女子二人が「わたしまだ『がらくた』も聴いてないもん、聴けない』『わかる!あれ絶対ネタバレだよー!』と話しててたいへんかわいかったです。
社員証もあるしネックストラップ買ったのは後悔してないんですが、あれを首にかけて映画を見たら見終わったあと外してゴミ箱に叩きつけたくなるかもしれないなと思いました😂 すごい小道具感😂
最寄り駅から倉庫までの道、日雇いのアルバイトたちでみちみちの専用シャトルバスを、エレナの乗ったタクシーがすいと追い抜いていく。この冒頭のシーンが残酷に明示するのは労働者の格差問題だ。
佐野親子ら老齢のドライバーたちはおそらくフランチャイズの個人事業主だろう。個人事業主といえば、働いたら働いただけ稼げるとか、労働時間を自分でコントロールできるというイメージがあったけど、配送業らフランチャイズの場合、厳しいノルマがあって個人に裁量権なんかない。なのに労働者として保護されていない。彼らの仲間のひとりは過労によって亡くなったことも示唆された。
同じくフランチャイズの個人事業主問題を描いたケン・ローチ監督の『家族を思うとき』という映画がある。主人公はリーマンショックで職を失い、家族を養うために一念発起して配送業に飛び込んだが、労働時間は長くなり、肉体的にも精神的にも酷使され、仲良しだった家族との関係がゆっくりと崩壊していく。新自由主義なシステムのなかで、末端の労働者たちは疲弊し搾取され続ける。
企業は営利のために人件費を抑えたい。消費者は家にいながら少しでも安い商品を買いたい。この便利なシステムが何を犠牲にして成り立っているのか。これからも犠牲が生まれることを知りながらこのシステムを回し続けていくのか、『ラストマイル』は観客に問いかける。
現実はどうだろう。作中で国内の大手配送会社はデイリーファストに反旗を翻したけど、この映画が公開された週の初め、ヤマト運輸の倉庫で働く社員がたった一人で労働環境の改善を求めてストライキに踏み切っている。
配送業者らやギグワーカーら、末端の労働者だけじゃない。タクシーに乗る側=特権側にいると思われたエレナたちもまた、会社にとっては替えの効くコマのひとつでしかなく、夜も眠れないほど、ときに死を選びたくなるほどに追い詰められている。
『家族を思うとき』で描かれた家族の崩壊、『ラストマイル』で描かれる自死と復讐。労働と搾取がいかに個人の幸福を奪っていくか、それを個人の選択だと切り捨てる社会でいいのか。社会は個人の幸福のためにあるものじゃないのか。
舟渡エレナがゲームチェンジャーとなったように、『ラストマイル』という映画自体も見た人の中に変革を起こす力がきっとある。疲れ果てても捨てきれないわずかな善性が繋いでゆくこの物語が、あなたはどうする?と問いかける。お祭り映画のような間口の広い作品だからこそたくさんの人に届くだろう。そんなエンターテイメントの可能性を信じた本作が生まれたことに希望を感じた。