ばけばけとばけばけな本の話(その5)

hinata625141
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公開:2025/11/3

第5週「ワタシ、ヘブン。マツエ、モ、ヘブン。」

小泉八雲特集の雑誌「MOE」と「トラジェクトリー」

今週はついに!レフカダ・ヘブン先生が松江にやってきた〜!

トキは銀次郎と別れて四年が過ぎていた。初めての異人さんに松江の街もトキのまわりも大騒ぎ、そして久しぶりにトキの前に現れた錦織さんは自由気ままに振る舞うヘブン先生に振り回されっぱなしで……?

今週見て改めてこの朝ドラが好きだな〜と思ったのは、すぐに台詞で説明することなく、小さなピースをばらまきながら一週間をかけ、ヘブンの本心という謎をゆっくりと解きほぐしたところです。

船から大観衆に大きく手を降って応えながらも憂鬱そうに俯くヘブン、そんなヘブンとの握手に違和感を抱くトキ(「どうかした?」と聞かれ「気のせいだと思う…」と濁す)、錦織から逃げ回りながらもこっそりと授業に使う教材を見るヘブン。

握手のときに気づいた手の震えとその後の様子から「ヘブン先生は怖いんだないでしょうか」と気づくトキ。そしてそれを聞いた錦織はヘブンの不安の源に思い至る。

「変わり者の異人」というフィルターをかけてヘブンを見ていた周囲の人達の中で、トキと錦織はヘブンの中にある、自分たちと同じ人間性に気づくという金曜の回、とても良かったです。

ラストサムライおじじ様の大活躍やおトキ探偵、「ゴカイ」「Five!?」のやり取りなど今週も笑いどころは多かったんですが、その一方で早朝の米をつく音に導かれ、物売りの声、お日様に柏手、蝉の声に風鈴と、ヘブンを魅了した松江の静けさと風習が美しく描かれました。またいつも笑って元気なトキが道でぶつかられてしゃがみこみ、なんとも言えない疲れた表情をしてたのも印象的。

物語も人間も多面体、そんなことを感じさせてくれるドラマです。

あと今週気づいたのですが英語の台詞のときに出る字幕のフォントが映画の字幕ぽくて素敵です。OPもだけど画面の隅々にまでこだわりを感じさせてくれますよね。


●ばけばけな本(5冊目)

『トラジェクトリー』(グレゴリー・ケズナジャット)

一見翻訳本のようですが、日本語で書かれた小説です。表題作は芥川賞候補にもなったとのこと。

先日、小泉八雲をテーマにしたBSの番組を流し見していたらこの作者であるグレゴリーさんがスタジオゲストとして出演されていて、その時の紹介で小泉八雲の出てくる短編を書かれているとのことだったので興味が湧いて早速読んでみました。

八雲の名前が出てくるのは表題作ではなく併録の「汽水」のほうです。

日本の大学で事務職員として働くアメリカ人のチャーリーがニューオーリンズで開催された留学イベントに出張した数日間の物語です。ニューオーリーンズはチャーリーが大好きなフォークナーが若い頃暮らしていた街でもあり、チャーリーは滞在中にフォークナーのゆかりの場を見に行きたいと思っています。また同じように島根の大学から派遣されたアイルランド出身のイアンから、このニューオーリンズはラフカディオ・ハーンが一時期暮らした街でもあることを教えてもらいます。イアンはこの留学イベントに日本の大学を代表してやってきた外国人たちを「小さいハーンの集会みたい」と言います。

「普段は、うちの大学で他の外国人とあうことがどんなにないので、意識することはないのですが、このようにみんなが集まっているのを見ると、私みたいな人間が各大学にいるんだなぁって思います。一世紀が経っても、日本に流れてきて、小さいハーンになる人がまだ大勢いるんだなあって」

 イアンは自虐的な笑いを放ったが、その言葉はチャーリーに重くのしかかった。

チャーリーは、自分が「日本特有のある種の外国人像をそのまま」である「欧州系」であり「男性」であり、そのことによって同化のプレッシャーを与えられることもないことに気付いており、自分と同じような「小さいハーン」たちを見ながら本当に自分はこのままでいいのかと迷いを感じています。生涯の大半をミシシッピ州の田舎町オックスフォードで過ごしたフォークナーと、ギリシャで生まれアイルランドで育ち欧米を経由して日本に骨を埋めたハーン、二人の作家が交差した街で。

著者のグレゴリー・ケズナジャットさんも、アメリカ出身で外国語指導助手として来日し、同志社大学大学院に学び、今は法政大学で准教授をされているそう。そして日本語で小説やエッセイを執筆しているので、まさに現代のハーン先生ですね。

ハーン先生もグレゴリーさんも、そして物語の主人公のチャーリーも、日本ではありがたがって受け入れられている外国人です。その背後には受けれたくない外国人が存在するということ、見えない線引をしている日本社会に気付かされます。

政治家が「日本人ファースト」を叫び、移民反対デモがあちこちで起きる今だからこそ、日本に住む外国人たちの日常や彼らの目を通した日本社会を知ること、想像させてくれる作品を読めてよかったと思いました。

表題作の『トラジェクトリー』も日本で働くブランドンというアメリカ人男性が主人公です。大きな野望もなくなんとなく英会話教師として名古屋で働く主人公と同僚たち、アポロ計画の記録を英語で読む日本人男性のカワムラさん、軍隊に入った旧友のトレヴァー、すれ違う「どこかに行きたかった」人たちの物語。日本に住むアメリカ人の目から見る議事堂襲撃事件やコロナの描写も新鮮でした。(上のリンクから試し読みあります)

@hinata625141
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