『虎に翼』第10週ふりかえり

hinata625141
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公開:2024/6/9

第10週「女の知恵は鼻の先?」

女は目先のことにとらわれ、遠い先のことを見通す思慮に欠けているというたとえ。

逆に男は遠い未来ばかり見ていて目の前の人は見えてないってことですかね!わーいやみ!😂


「好きに生きる」とは?

今週から裁判所編!

といってもまだ寅子は裁判官としての採用は叶わず、寅子を気に入ったライアンが率いる司法省民事局民法調査室にて民法親族編と相続編の改正の仕事に携わることになる。そういえば第1週にて寅子が法を学ぶきっかけとなったのは、民法の相続権についての授業をたまたま聞いたことだった。「女は無能力者」、その言葉に「はて?」とくらいついたのがこの物語のはじまりだった。

だけど今の寅子には、あのときの瞬発さが、向こうみずさが失われている。何も背負ってなかった娘時代とは違う。家族の食い扶持を稼ぐ、直明を大学に行かせる。その責務を背中にずっしりと背負っている。

そして寅子はいまだ優三の言葉「トラちゃんができることは、トラちゃんの好きに生きることです」という言葉に答えを出せずにいた。「好きに生きる」ことよりもまず「やらなければならない」ことが目の前にあった。


寅子の「スンっ」と梅子の言葉

民法改正という、学生時代であったら張り切って参加していただろう大仕事にも寅子の弁は冴えない。家制度の維持にこだわる神保教授にうまく反論できず、ライアンには「ずいぶん謙虚だ」と笑顔で(イヤミ?を)言われ、桂場には苦虫を噛み潰したような視線を向けられ、小橋からは「大人になった」と小馬鹿にしたように言われ、なによりも寅子は自分でわかっていた。いま自分が「スンっ」としていることを。

家制度が解体され、男女平等になることはすばらしいことだ。頭ではわかってるし寅子がずっと望んできた社会がすぐそこにある、ように見える。だけど目の前の現実はどうだろう。

たとえば花江は、空襲で実の両親を、戦地で夫・直道を失って、帰る実家もなければ猪爪家との繋がりは子供たちだけ。直言は花江にずっと猪爪家にいていいと言い残したけど、それも制度が変わってしまえばどうなるのかわからない。そして花江のような女性がたくさんいることを寅子は知っている。そもそも女性が働きまともな給金をもらえるだけの仕事もないのに、自立だけ求められたらどうなるのか。

実際、子供を産んでも仕事を続けることが不可能な現実に敗れたのはほかでもない、寅子自身だった。一度諦めてしまったという苦い経験が寅子をすくませる。民法改正への意見書を提出した婦人団体、当時のフェミニストたちの堂々とした立ち振舞いに、自分とは違うと引け目を感じてしまう。

そんな悩みをばったり会った花岡に話すと、彼はこう伝える。

前も今も全部、君だよ。どうなりたいかは自分で選ぶしかない。本当の自分を忘れないうちに。

それはかつて、花岡自身が梅子から言われた言葉。その言葉は花岡の血肉となった。あの梅子の言葉が花岡を通じて、寅子に伝わっていく。自分はどうなりたいか。本当の自分とは。優三の言った「トラちゃんの好きに生きること」にまた寅子は立ち戻る。

またその夜、猪爪家をライアンとともに訪れてきたGHQのホーナーとの会話も寅子の力を与えることとなる。ホーナーはユダヤ人でアメリカに移住したがヨーロッパに残した親族の多くを失ってしまったことをライアンが明かす。優未たちがチョコレートをほおばる姿に目を細め、「子供たちのために良い未来をつくりましょう」というホーナーの言葉に寅子はつよく同意する。

桂場、小橋、神保教授、花江、ライアン、ホーナー、フェミニストたち、そして花岡。たくさんの多様な人々との会話を通し、寅子は自分がどうあるべきか模索を続け、その答えは固まりつつあった。

そして最後にそんな寅子の本心を引っ張り出し、この仕事が好きなのだと口に出させたのは他でもない、穂高だった。


寅子の岐路に立つ穂高先生

穂高は二度、寅子の人生の岐路に立った。初めは寅子を導く存在として。二度目は乗り越えるべき存在として。

穂高は「男性に権利が偏ってる家制度が均斉がとれているとはわたしは思いません」と彼らしい男女平等論で保守的な神保教授と丁々発止とやり合ったその口で、「家庭教師の働き口を見つけてきたから、もうここで無理に働かなくていいんだよ」と寅子に優しく諭すように言う。寅子が弁護士の道を諦めたことを自身の責任であり、そのうえ、父と兄と夫を失くした寅子が民事局で働いているのは給金のためだと思っている。この時代に女性が一家を養うほどの給金を得られる職はほとんどないからこそ、家庭教師の口を見つけてきてくれたのは穂高なりの誠意ではあった。

それはまるで、ものわかりのいい父親のように。

でもその大いなる勘違いこそが、寅子の「はて?」を引き出す。ひさしぶりの「はて?」。穂高の言葉に違和感を覚え、「先生はなにもわかっておられない」「わたしは好きでここにいるんです」とパッと口にして初めて、寅子は自分の本当の気持ちに気付いたように見えた。「わたしは好きでここに戻ってきたんです。それがわたしなんです」と自分に確認するように言う。寅子にやっとはっきりと道が見えた瞬間だった。

寅子の「はて?」も本当の気持ちも、穂高にはわからなかった。だけど結果的に寅子の背中を押したのだと、桂場だけはわかってる。寅子の「はて?」、穂高の言葉によって一歩踏み出す寅子、それを目撃する桂場、という構図も第1週と同じだった。ロングスパンのドラマだからこそ、大事な場面のリフレインに胸が熱くなる。

最初の岐路と二度目の岐路では寅子と穂高の向く方向が変わってしまっている。最初は導くように法の道を照らした穂高と、それについていこうと決めた寅子は同じ方向を向いていただろう。だけど今回は違う。穂高の照らした道を「そうじゃない」とわかったからこそ背を向け、皮肉にも穂高がかつて照らした道に戻る決意ができたのだ。

寅子と穂高のすれ違いはせつなくも、師を乗り越えた寅子の成長、そして意図は違っても寅子の人生の岐路に大きな影響を与えたのはやっぱり穂高だった、という二人の運命的な師弟関係にもグッとくるものがあった。


寅子の「好きに生きる」道

穂高の前で啖呵を切った寅子は興奮冷めやらぬまま、一人になって深呼吸し、そして唱え出す。

第11条「国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない

第12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」

第13条「すべて国民は個人として尊重される」

第14条「すべて国民は法の下に平等であって人種、信条、性別、社会的身分、又は門地により政治的経済的又は社会的関係において差別されない」

「個」を守る、人権と自由を守る、そして差別を許さない新憲法が寅子の心を支え、奮い立たせる。その厳しい表情は自分自身にその覚悟を刻みつけているようだった。

自分を取り巻く環境は何も変わらない。でもこの憲法がある。好きで戻ってきた以上、わたしがわたしでいるために、やれるだけ努力してみるか。

これが優三の言葉「トラちゃんができることは、トラちゃんの好きに生きることです」へ、やっと寅子が出せたアンサーだった。

会議に戻った寅子はさっそく「夫の姓」にこだわる神保教授に意見を述べる。

今も昔も思っております。個人としての尊厳を失うことで守られても、あけすけに申せば、大きなお世話であると。

夫や父の死で同情を引き、家制度に守られてきたかもと相手側に同調しながらも、最後は「大きなお世話」と切り返す。相手の意見も尊重しながら自分の考えをしっかりと伝える。そんな寅子らしさがついに戻ってきた〜!視聴者の心を代弁するかの如くライアンは思わず笑ってしまいそうな口元を隠す。なお反発する神保に寅子は、名字が変われば家族の愛情は無くなるのかと問い、こう続ける。

名字一つでなにもかも変わるなんて悲しすぎます。

これは選択制夫婦別姓すら何十年も店晒しにされている現代のフラストレーションへの共感とも読めるセリフだった。神保教授のゴリ押しで730条が残ったことへの言及もまた現代に繋がる問題。「直系血族及び同居の親族は互いに扶け合わなければならない」これが生活保護の扶養紹介の根拠となっていて生活保護申請のハードルを上げているとも言われている。

もちろん現代の問題と結びつけるようなナレーションなどがあるわけじゃない。だけどこのドラマは全部は描けないけど知ってほしいことをピースとして登場させることで視聴者にボールを投げているのではないかなと思うことが多々ある。それぞれが気になって調べること、SNSで話題となり情報が共有されることへの期待。それをプロパガンダ的だと感じる人も、まあいるだろうなとは思う。だけど「自己責任」や「生産性」という強いワードの影で、弱者やマイノリティーがより暮らしにくくなってる現実のなかで、フィクションが盾になる、そのやり方の一つがこれなんじゃないかなとも思うのだ。


人は変わること

猪突猛進に生きてきた学生〜弁護士時代から、翼を折られ生き延びることだけしか考えられなかった妊娠〜終戦時代を経て、傷は癒えないままふたたび法の道に戻り「スンッ」としてしまった寅子。

でもそれはキャラが変わったなんて雑に言わるようなことじゃない。戦争のない現代を生きていても、ライフステージによって人は変わるし、変わらざるをえない。謙虚や「スンッ」には理由があるということ、また寅子が決意を固めていくその過程を丁寧に描いてくれた週でもあった。

穂高に啖呵を切ってからの寅子は本来の寅子が戻ってきたようにも見えた。だけどきっと昔の寅子とはやっぱり違う。「スンッ」をよく知ったうえで「はて?」を取り戻した寅子はハイブリッドだ。きっとこれまでよりもっと、多様な人々の声を聞こうとする裁判官になってくれるんだろうなと期待してしまう。


小林薫さんとヒロインの父

先週のふりかえりで、朝ドラヒロインの父親のなかで一番直言が好きかもしれないと書いたけど、これまでのヒロイン父のなかでぶっちぎりで好きだったのは『カーネーション』の糸子の父・善作だった。近所のおやじたちからは善ちゃん善ちゃんと慕われているが商売は下手だし、家の中では頑固でわがまま親父で糸子とはぶつかってばかり。だけどここぞというタイミングでは糸子の夢のために手を貸す。ダメなお父ちゃんだったけど最後まで憎めなかった。そんな善作を演じたのが小林薫さんだった。

だから今週の物語を通して、穂高先生は寅子にとってもう一人の父親だったのだなと感じて、それがうれしかった。 かっこいいところもダメなところもある、そんな小林薫さんの「父」にまた会えて良かった!穂高先生、これからもちょくちょく顔を出してくれたらいいな〜!


戦争は終わってない

ついこのあいだまで敵国であったアメリカへの複雑な感情を見せた花江だったが、「無理に笑うことない」と寅子が花江の背中を摩るシーンは温かくてとてもよかった。戦争の傷はまだ生々しい。

ユダヤ人迫害のエピソードが入ったのも、違う角度から戦争にスポットを当てる意図だったと思う。多分まだこの当時、ほとんどの日本人は戦争の大局が見えてないんじゃないかと思う。民法改正案が成立したのが1947年でまだ東京裁判も終わってない。

このドラマの中の戦争はまだ終わらない。そんな予感のする今週のラストと予告だった。まだ消息のわかってないみなさんも無事でありますように〜と祈りながら次週!


第9週シナリオふりかえり

  • 寅子が直明に渡した本は穂高先生の著作。読みやすいんだな〜

  • 寅子がころんだ人を助けなかったエピソード、切ない…


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