このドラマ感想本のテーマを「友情」にしようと決めてから、題材とするドラマはすぐにいくつか思いついたのですが、しばらくして気付いたのはそれらがすべて女性同士の友情のドラマだということでした。男性が主人公のドラマは多いのに男性同士の友情ドラマはあまり見ない(もしくは自分が見てない)気がします。そんななか、唯一これだ!と自信持って選べたのは本作、『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか』略して『おっパン』です。
最初はハラスメントおじさんのアップデート?うん…がんばって……?みたいなテンションで見始めたのですが、このドラマにはわたし自身もすごく大事なことを教えてもらった気がします。それは誰かの大事なものを自分の尺度でジャッジしないこと。頭ではわかってるつもりだけど、ついうっかり口を滑らすこと…あるんですよね、わたしも…(反省)。そしてこのドラマはセクシャルマイノリティへの差別問題にも向き合う稀有な作品でもありました。
主人公は沖田誠、50代の会社員、役職は室長、郊外に持ち家あり、妻は専業主婦、子どもはふたり。絵に描いたような理想的なサラリーマン人生。……のように見えますが、高校生の息子である翔は引きこもって不登校、会社ではデリカシーの欠片もない時代錯誤な発言ばかりして部下からめちゃめちゃ嫌われてます。どのくらいデリカシーがないかと言うと「お茶は女の人が淹れたほうが美味しいでしょ」と発言して周囲をドン引きさせるほどです。
そんな誠が偶然知り合ったのが大学生の大地。しかし大地がゲイであることを知るとめちゃめちゃ失礼な言動に出てしまい、しかもそれを聞いていた息子・翔からは「僕はお父さんみたいな人には絶対なりたくない」と言われてしまいます。
休みの日も居場所なく公園で座り込んでいた誠は、近所をランニングしていた大地とふたたび顔を合わせます。あんなに失礼なことを言ったのに、誠を「家族思いでいい父親」と認めてくれる大地とあれこれ話をしていると誠の心が少しずつ溶けていきます。誠に必要なのはアップデートであること、アップデートすれば翔とも話せるようになるかもしれないこと。そんな大地のアドバイスがすっと受け入れられるほどに。「俺たち、友だちになれませんか?」そう言って差し出された大地の手を、誠は「よろしくご指導ご鞭撻のほどを…!」としっかりと握り返しました。
……と、ここまでが初回。実はわたしは放送中に配信でこの一話は見たのですが、ちょっと乗り切れないものを感じてしまい、そのあとは追いかけてませんでした。というのも大地がいわゆるフェアリーテイル・ゲイ、ヘテロの主人公の成長を助けるためだけに存在するキャラクターのように感じてしまったからです。
ですが、信頼のドラマクラブのSさんが放送終了後に配信で一気見して、よかった!とポストされてたのを見て、わたしも追いかけて見ることにしました。自分の勘よりSさんの感想を信じてよかった!(笑)
おっさんのパンツ…そのこころは?
誠は大地と出会ったことで「それぞれの大事なもの」に気付けるようになりました。人と関わるのは下手だけど二次創作の「神」である娘・萌、家族のケアをしながら本当は孤独だった妻・美香の心を救ってくれた「推し活」のこと、男性用ブラを身につけることで精神の安定を図っている部下・原西、そしてどうやら「かわいいもの」が好きらしい息子・翔のこと。そして家族や部下の「大事なもの」をバカにしていた自分自身にも気付かされます。
また大地との対話によって、同性愛者である大地の傷つきにも誠は気付けるようになります。そして銭湯の脱衣所にいるいろんな男性の下着姿を見ながら、誠は自分なりの結論に至ります。
「下着なんて個人の自由で好きなものを履けばいい。誰の迷惑にもならないし、そんなプライベートなことは他人には関係ない。その人の心の性別がどうとか、誰を好きなるかなんてことも、誰にも迷惑はかけない。だから好きにすればいい。おっさんのパンツが何だっていいのと同じだ!」と。
これほほんっとーにそのとおりで、「好き」もセクシャリティも、そんなプライベートなこと、他者から否定されることではないのはもちろん、他者がコントロールできるものでもないんですよね。たとえ親子であっても。そこまでたどり着けた誠に拍手です!!!
「ふつう」ってなんだろう
そんな父親の変化を遠巻きながら感じていた翔もまた、少しずつ世界を広げていました。ふたたび学校に通い始めたのです。翔のひさしぶりの登校の朝、誠は学校の近くまで車で送りました。無理はしなくていい、転校したっていいんだと気遣う誠に、翔は初めて素直な気持ちを話します。「男っぽく振る舞うとか、乱暴なのが嫌い。あとかわいくきれいになりたい」と。宣言するようにそう言って車を出た翔ですが、数歩歩いてまた立ち止まってしまいます。思わず自分も車から降りた誠は、「自信を持て」「おまえには(オレというわからず屋の)免疫がある!」と翔を励ましました。頷いて学校に向かっていく翔の背中を見て、泣けてしまいました。
翔のような「ふつうの男の子」に違和感を持つ、ゆらぎを持った十代の子が、一度は遮断した世界とふたたびつながろうとすること。そのためにどれだけの勇気を振り絞らなければならないのか、及ばずとも想像しただけで胸が苦しい。まだ傷つきやすいあなたたちの心は真綿でくるんで守ってあげたいのに。「親の仕事はこうやって子供の背中を見送ることなのかもしれない」翔の背中を見送る誠のモノローグにも泣けました。
ハードルを上げてるのは誰?
また後半は大地の恋愛問題にもフォーカスしていきます。大地には同じ獣医学部の砂川先輩という恋人がいます。大地はシングルマザーである母親にカミングアウト済みで、母・美穂子さんもつねに大地に寄り添って応援しれています。だけど砂川先輩は九州の出身で、大学院を卒業したら実家の病院を継ぐことになってました。砂川先輩は家族にカミングアウトできない自分の責め、大地は大地で自分の存在が先輩の未来を壊してしまうのではないかと不安になっています。
また一方で大地には再会した父親の問題もありました。父親は「お前のことが心配だから」を免罪符に、大地がゲイであること自体を否定します。誰かに言われたら反論できることも、心のなかでずっと求めていた父親の言葉だからこそ、大地も無下にできません。誠のように考えを変えてくれるのでは、という希望も叶いませんでした。
「なんだか不公平な気がしてるんです。どうして同性愛だと超えなきゃいけないハードルが大きいんだろうって」
ハードルを上げているのは社会であり差別する人なのに、自分たちではどうしようもできない当事者たちが苦しみ続けるのは本当につらいです。大地を大事に思ってきた誠や翔にとっても。最初は他人が口出ししても…と尻込みしていた誠ですが、勇気を出しておせっかいをすることにします。
「余計なお世話をするのもそれで怒らせて撤退するのも、友だちの醍醐味だ」
そんな誠を見て翔もまた、クラスメイトでギャルの静に勇気を出して思っていることを話します。好きな人の好みのため、ギャルメイクをやめて清楚系メイクにし、料理上手を装ったりする静に「静さんには静さんらしくいてほしい」と。思えば引きこもりだった翔がひさしぶりに登校したとき、一番はじめに声をかけてくれたのが静でした。メイクを通して静たちと仲良くなったことで翔は学校に居場所ができました。大事な友だちだから自分らしくいてほしい。そんな翔のまっすぐな思いが静にも届きます。
ジェンダーロールと理想から解放される男性たち
時代錯誤な誠のアップデートチャレンジからはじまったこのドラマは、年の離れた誠と大地が友人となって互いに影響を与え合い、それがふたりの周囲にも良い波及効果を広げていきました。翔の同級生で野球部の長谷川くんや誠の先輩の古池さんなど、さまざまな世代のキャラクターが男性ゆえの生きづらさに向き合い、一歩ずつでも解放されていく様子もよかったです。
また誠が古池さんに「アップデートすれば家族と仲良くなれます」と言ったように、この物語はコンプラだなんだとうるさがってる人もアップデートによって人生が豊かになると示唆してくれます。自分の気持ちを聞いてもらえる経験をすれば、誰かの気持ちにも寄り添える。そんな好循環が生み出す人間関係の広がりとありがたみは、人生後半であればなおのこと身にしみると思います。
そして「理想の息子になれなかった」大地と翔、「理想の父親になれなかった」誠、それぞれの切ない思いが描かれたのもよかったです。誰かのために本当の自分を変えたり偽ったりしなくていいと、強く肯定してくれるドラマですが、それはそれとして、親として、子として、そのままの自分を愛してほしかったという感情も大事にしてくれたなと思います。
マイノリティが生きやすい社会へ
このドラマがすばらしかったのは、個々人の「好き」や「尊重されたい」感情を最大限に肯定して描きながら、社会におけるマイノリティへの差別の視線を誤魔化さずに描いたことです。ヘアピンをつけて女子たちと一緒にいる翔や、手を繋いで歩く大地と砂川先輩へ向けられる、第三者からのからかいの視線。最後まで大地を認めなかった父親。法的に婚姻関係が結べないこと。そんな社会で生きるマイノリティの現実から目をそらさず、その生きづらさに思いを寄せられるドラマでした。どうやってわたしたちは彼らと寄り添い、現状の社会に抗っていけるのか。
最初に見たときは第三者目線で見ていたのですが、今回の原稿を書くにあたって二回目を見たときは気づけば誠目線で見てしまい、翔や大地、砂川先輩ら若者たちが、無神経な社会に傷つきながらもなんとか前を向いて生きていこうとする健気な姿に涙ドバドバでした。彼らが幸せに生きられる社会にしたいと、強く思います。思うだけじゃなく、できるだけ行動しないとね。
またとくに何のエピソードもなかったのですが、萌の大学の友人の一人が車椅子だったのもよかったです。何の説明もなく障害者の人やミックスルーツの人が出てくる作品は良いものが多いな〜と感じてます。『冬の終わり』の前田さん、『夜明けのすべて』のダンくん。「透明化されている人たちを描き続けたい」と言ったのは『虎に翼』の吉田恵里香さんですが、そんな考え方は確実にフィクションの世界に新しい風を吹かせていると感じています。障害やマイノリティ性は物語の中でマジョリティのための消費に利用されてきた長い歴史があって、そのことはやっぱり消費者としても反省すべきだし、その一歩として誰もが社会の一員であることが当たり前のように描かれる作品を推していきたいなーと思ってます!