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あなたに海を返したい

hinata625141
·
公開:2026/9/7

日曜日、東京はひさしぶりの本降りだった。昼前に家を出て傘を差して歩きながら、少し不安になる。今はまだ大丈夫だけど夕方になったら道が冠水してたりしないだろうか。そういうことが絶対ないとは言い切れない、大雨による災害が各地で頻発しているここ最近の日本列島だ。とはいえ(うかつにも)映画の予約はしてるし、ひどくならないことを祈りながら駅に向かうしかなかった。

今日は映画の前に行くところがあった。東銀座で開催中の「布族ゾクゾク、うとうとなんてしてられない」という東ティモールや中国のテキスタイルの展示会だ。それを知ったのはインスタだった。

展示品の一部が並べられたキービジュアルのポストカード

Meta社が好きじゃなさ過ぎてインスタもここ最近はずっと見る専なのだけど、手芸を始めてからはおすすめが手芸だらけになった。今まで知らなかった世界、しかも世界中の手芸アカウントの投稿が流れてくる。正直とても楽しくて、インスタの滞在時間が増えていると思う。

手芸には言語が必要ない。ということを手芸をやり始めるまで知らなかった。というかあまり考えたことがなかったんだと思う。やり方の説明にしても動画が一番で、動画じゃなかったとしても言語より絵で説明する方がずっとわかりやすい。見ればやりかたがわかるのですぐに真似することができるし、その作品がどれだけ素晴らしいかもわかる。だから言語を必要としない手芸は国や言語を超えて共有しやすい。

と同時に、興味なかった過去の自分が知らなかっただけで、手芸に関する展覧会やワークショップもたくさん開催されていることを知った。わたしにとってはまさにブルーオーシャンだ。

というわけでインスタ経由で知った本展覧会。そもそも布のこととか何も知らないのに大丈夫か……?と不安に思いつつも、東ティモールのテキスタイルの実物を目にすることもそうないだろうと思って来訪してみることにした。

場所は歌舞伎座の隣、銀座アポロ昭和館という建物の地下のギャラリーだった。銀座アポロ昭和館は外観がレトロでかわいいらしいのだけど、わたしが東銀座に降り立ったときはかなり雨が強く、それを見る余裕もなく建物の中に飛び込んだ。

会場内の様子

地下の会場はこじんまりとしたスペースだったけど、展示品である織物や紐はすべて触れるし、広げてひっくり返したりもできるので全部見るのにすごく時間がかかった。やっぱり手芸を始めてから布全体に対する解像度が一気に上がった感覚があるのだけど、刺繍だけでなく織物でも人の手によるものは布それぞれに「顔」があって見飽きることがない。すごく古いもの、使い古したものもあったりして、自分が手に取っていいんだろうかと躊躇するような歴史を感じたりもした。

中国の紐
細かい刺繍のしてあるよだれかけ。アンティーク。
織りや刺繍によって伝統的な柄の施されたカラフルな布

会場にあったものはほぼ購入可だったのだけどそれなりにするので(紐でも8千円くらい)さすがにちょっと買えないかなぁと思っていたら、刺繍のハギレが一枚千円くらいだったのでいくつか購入した。

刺繍のハギレ

どれも丁寧で細かい刺繍なので自分への励みに。バックとかに縫い付けてもいいかもしれない。でもしばらくは眺めてニコニコしてようかな。

予想より長居した会場を出て、地下道で東銀座から銀座へ向かった。まだ雨足の強い路上を歩かなくていいのは助かるけど雨のせいでなんとも蒸し暑い。

シネスイッチの外観

ひさしぶりのシネスイッチ。10月末には閉館が決まっている。個人的にあんまり銀座に来ることがないのでシネスイッチもそんなにたくさんは来てないのだけど、老舗のミニシアターがなくなるのはさびしいよ。

見たのは『ヒンド・ラジャブの声』。

ポスター

本作は、ガザ地区でイスラエル軍に集中砲火を浴びる車のなかから一人の少女が助けを求めて電話をかけてきたという、2024年1月に現実に起きた事件をベースにしたドキュメンタリーのようなフィクションだ。

監督のカウテール・ベン・ハニアは過去作(わたしは『チュニジアの切り裂き魔』『皮膚を売った男』『フォー・ドーターズ』を見た)でもドキュメンタリーとフィクションを混ぜたり肉薄させたりと、既存の映画手法とは別のやりかたで現実をスクリーンに刻みつける人だ。本作では実際の通報の音声を使い、SNSに訴えるためホットラインセンター内で撮影された実際の映像も忠実に再現しながら、よりフィクション性を排し、ワンシチュエーションという場を設定することによって、やり場のない息苦しさと焦りを表現した。それは観客にある感情を呼び起こさせるため、最大限の効果を生むために選ばれた手法じゃないかと思う。

もうこんなことは終わりにしたいと。

砲火の中たった一人だった6歳の女の子の「迎えにきて」に誰も応えられない世界なんてクソすぎる。そんなクソすぎる世界にわたしたちは生きている。今思い返すだけでしんどいが、でもそのくらいの痛みは引き受けるべきだと思う。わたしは生きていて、大人で、この世界に加担しているのだから。そして怒っている。この世界に生きる一人の大人として。

ヒンド・ラジャブは一人じゃない。そのほかにもたくさんの、本当にたくさんの子どもたちの命が奪われた。本当はそんなこと、ただの一人にも起こってはいけなかったのに。

だからわたしはイスラエル政府やアメリカ政府に対して怒り続ける。それに追随する自国の政府にもそれで利益を得る多くの大企業にも。BDSなど行動に移せることは全部する。だけどそんなことしかできない、ということに泣きたくもなるのだった。

この映画は見た人の感情を強く揺さぶる。その強さにたじろぐ人はいるかもしれない。でもわたしは見て良かった。いつまでも終わらない戦争は心を麻痺させる。そうじゃなくても自国もたいがいヤバいし自分の生活だって大変だ。遠い国のことばかり思ってはいられない。だけどこの映画を見たら、こんなことはもう終わりにしたいと、改めて強く思えた。ヒンド・ラジャブの声をわたしもまた聞いたのだから。

わたしはヒンド・ラジャブに、彼女が好きだったガザの海を返したい。この海はもうあなたのものだよと、そう報告して弔いたい。せめて。そのために今の自分ができることをなんでもいいから探していきたいと思った。

@hinata625141
感想文置き場。たまに日記。