第8週「女冥利に尽きる?」
女に生まれた甲斐があること。女に生まれたことの幸せ。
ことわざの意味はもちろんわかってはいたけど、今週のドラマとあわせてその意味を読むとえっぐ!!!って思っちゃいますね……。いや見方によってはね、やさしい伴侶と結婚できて子供も生まれて、うん、女に生まれた甲斐が……ありましたね……… 女に生まれたことの……幸せ…………(血の涙を流しながら)
寅子は、寅子だけは、サバイブできると思ってた。
名字が猪爪から佐田に変わっても、依頼人にまんまと騙されても、妊娠して体調悪くても、「婦人弁護士なんて物珍しいだけでだれも望んでなかったんだ」と失意のまま久保田先輩が東京を離れても、中山先輩が育児に専念してると聞いても、「もうわたししかいない」って追い詰められても、貧血起こして倒れても、お兄ちゃんが、轟が出征しても、「おなかの子が大事」だからと仕事を控えることを年長の男性らに勝手に決められても、寅子だけは、寅子なら、サバイブ………できるかーーー!!!(怒)ですよね。寅子はもう、怒りを通り越してすべての気力を削がれてしまった。あの寅子が、泣きながら六法全書を手放す日が来るなんて。
せめて弱音を吐く自分を、その人をそのまま受け入れる弁護士に、居場所になりたい
寅子はかつて自分がそう言ったことをきっと忘れている。「もうわたししかいない」から。すぐそばで「お前はひとりじゃない」と言ってくれているよねの言葉が耳に入らないほどに追い詰められていく。
側から見ていてつらかったのはよねとの決裂だった。よねは「もう二人しかいない」と思っていただろう。だけど寅子は「もうわたししかいない」と思っていた。弁護士資格の有無だけでなく、結婚する気もない、妊娠していないよねは自分とは違う、寅子はそう思っていたのかもしれない。結婚も妊娠も教えてもらえなかったよねはそれを感じて寂しくてショックだっただろう。弱音を吐いてくれたなら、いくらでも助けるつもりがあったのに。
そして張り詰めた寅子の気持ちを最後にぷっつりと切ってしまったのは穂高教授だった。寅子の話に耳を傾け、「続けて」と促し、寅子を法の道に導いてくれたひと。その穂高教授が寅子の妊娠のことを知るとあっさりとこう言う。「結婚した以上、君の一番の務めはなんだね?子を産み、よき母になることじゃないないのかね?」と。
妊娠が、寅子という人間から「個」をうばっていく。
この時代の限界。そもそもこの国、女性が働き続けるにはシステム変えなきゃいけないんだね…?ということに気付いたのがわりと最近なので……。保育園もなければ育休なんて概念もない、女性が働くことの理解もシステムも追いつかないこの時代。穂高先生はリベラルなひとだけど、妊娠したと聞いて一瞬にして寅子を「産む女性」の枠に入れてしまう。そして寅子本人ではなく上司の雲野と話をつけ、寅子が仕事を休めるように段取りしてしまうのだ。平等な社会の実現という遠いゴールを見ている穂高にはわからない。寅子も中山も久保田も人生をかけて弁護士になった、その重い覚悟が。「……なんじゃそら」そう言ってしまう寅子の気持ちも痛いほどわかる。
そして「個」が奪われていくのは寅子だけじゃない。戦争があらゆる人々から「個」を奪っていく。
ただ働いて家族を愛したいだけの男たちを、強制的に徴兵し、前線に送り込んで人を殺させる。こんな残酷なことあるだろうか。残される家族たちもまた生活の不安と空襲に脅かされ、大好きだった家もつぶされてしまう。
今週はこの吉田さんのインタビューが話題になった。このなかで吉田さんは、
余裕がなくて声が上げられない人の代わりに、自分が的になっていきたい気持ちがあります。
と語り、その理想として映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)の話をする。
そうか、とハッとした。『虎に翼』を書く吉田さんの頭の中には常にこの物語があるのかと。「妊娠」よって「個」を奪われる寅子、「戦争」によって「個」を奪われる男たちが同時進行で描かれた今週の物語が、「産む女」と「戦闘員」として「個」を奪われたものたちが共闘して「個」を取り戻すまでの物語である『怒りのデス・ロード』に接続していくのかと。
戦争はおそろしいほどの犠牲をともなってもうすぐ終わる。「個」を取り戻せずに死ぬ人も大勢いる。寅子たち生き残った人々がどうやって「個」を取り戻していくのか。楽しみとは言えない。ただただ、しっかり見届けたい。
そして今週はとにかく優作、仲野太賀さんの演技が本当に素晴らしくて何度も笑って何度も泣かされた。
優三は名前の通り、ずっと優しい男性だった。寅子に対してだけでなく、猪爪家の家族にも心配りができて子どもたちからも好かれていた。実際三淵嘉子さんの最初の夫も、何人もいた書生のなかでいちばん優しい人だったという。
朝ドラのヒロインの夫や恋人が「ケアする男性」であることは実はそんなにめずらしくない。ぱっと思いつくだけでも『スカーレット』の八郎、『おかえりモネ』の菅波先生、『舞いあがれ!』の貴司がいる。
「優しいだけの男なんて」と言われた時代が長くあって、「優しさ」の価値はずっと低く見積もられてきた。だけどコロナ禍を経てケアの価値を問い直す現代において、男性のやさしさは何ものにも代えがたい魅力だと思う。
がんばることさえしなくていい、好きなように生きてほしい。最後の最後まで寅子にエールを送って優三は戦場に向かってしまう。河原でのシーンも変顔で別れるシーンも思い出すだけで泣いてしまうような名シーンだった。ふたりがまた会えますように、と願うことしかできない。
今週、寅子のセクシャリティについては、アロマンティックとデミロマンティック、それぞれの当事者の方の感想なども読み、落胆や困惑、もちろん中には共感も、いろんな感情が波紋となって広がるのを見ていた。やっぱり吉田恵里香さんという脚本家さんへの期待、というのはどうしてもあったと思う。当事者でないわたしでさえあった。
個人的には「人が恋に落ちるのは突然です」というナレーションはないほうが良かったんじゃないか、寅子が無言でぽとりと頭を優三の肩に預ける、それだけてもぜんぜん成立するシーンだったと思う。突然落ちるようなザ・「恋」じゃなくても心を寄せ合うことはある、そんな感情の繊細さを描ける素地が寅子と優三の間にはすでにあった。せめてそれがどんな「恋」だったのかは受け手の解釈に任せる道はあったと思う。
やっぱり「恋」というワードは強い。かつ、受け取る人によって実はイメージの違う言葉なのかもしれない。それでも、恋をしたと、ひとこと言ってしまえばマジョリティを納得させる力がある。そしてそんなロマンチック・ラブイデオロギーに抗う物語、『恋せぬふたり』を書いたのは、ほかでもない吉田さんだった。「恋」という魔法の言葉を基準としない関係性を、ほかでもないこのふたりで見たかった、というのが正直な気持ち。
その一方、ふと気付いたら次のシーンで赤子は背中に背負われている、という出産シーンのスキップはとてもよかった。そもそも本人が自宅でうんうんがんばって産むしかないこの時代の出産を、しかも成功する出産ばかり朝ドラで繰り返し描くのは、痛みの先によろこびが、そして母性があるのだというロールに繋がる可能性がある。
なにより妊娠と出産は、家族にとってはよろこびだっただろうが、寅子にとっては職業婦人としてついに足をすくわれた出来事でもあった。どうしたって祝祭になる出産シーンは、とくに今週においてはなくてよかったと思った。
第7週脚本ふりかえり
花岡が寅子のほっぺたからご飯粒を取って上げるシーン!ラブラブかー!…これはまぁなくても良かったかなとは思うけど、ほんの一週間前こんなかんじだったのかと思うとびっくりしちゃう。月曜がこれで火曜がデートで水曜は婚約者登場!花岡いそがしい!!!
「結婚したことは轟に言ってやれよ、花岡のこと根に持ってたから」って轟のいないところで寅子に言うよね〜。轟が聞いてたらむせび泣いてたと思うけど聞いてないので代わりにわたしが泣いておきますね…仲間思いのよねさんラブ……😭
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