第9週「男は度胸、女は愛嬌?」
男子にとってだいじなのは物に動じない度胸であり、女性にとってたいせつなのは魅力ある笑顔、つまり愛嬌である。
今週は愛嬌ある猪爪家の男たち(含む優三さん)のことをふりかえりたい。
まずはお父さん、直言。
猪爪家の空気、そして猪爪家の男たちのベースとなったのは間違いなく直言という、ちょっと変なお父さんだったと思う。
彼が「猪爪家のお父さん」になるまでのことはよくわからない。穂高教授のゼミ生だったということ、そしてゼミ旅行で宿泊した旅館の娘であるはるさんに一目惚れして結婚してもらったこと。だけど法曹の道には進まず銀行マンとなったこと。海外赴任の経験あり。銀行マンとしてはかなり出世したほうなので仕事はできそう(あんまりそうは見えなかったけど笑)。直言の両親は話にさえ出てこなかったのでもう亡くなっているのかもしれない。
直言にとって、寅子や優三はかつての自分だった。女の身でありながら、親という経済的基盤をもたないながら、法の道を進もうとする寅子と優三。かつて自分が諦めた道、険しい道を進もうとするふたりを直言は最大限に応援したかった。だからはるに黙って寅子の願書を出したし、優三が弁護士の道を諦めることをあんなにも残念がったんだろうと思う。
そして直言といえば、この時代においてはめずらしい、威張ってない家長だった。もとよりそういうタイプではなかったとか、海外生活を経てリベラルな思想を身につけたということも関係ありそうだけど、一番のファクターははるさんにベタ惚れしてるからということだと思う。はるさんラブ。はるさんファースト。そこがブレないので猪爪家にはいつも愛があった。そんな直言のイズムは息子たち、そして優三さんにも引き継がれていく。
また、直言とそれを演じた岡部たかしさんはもはや不可分。直言は情けないところ、弱いところもいっぱいあったけど、それを岡部さんが演じると、もうしょうがないなぁ〜と周囲を苦笑させるような不思議な愛嬌となった。最後のシーンなんか完全に岡部たかし劇場で、泣いて笑って直言さんを見送ることができた。ややこしいキャラであることが多い朝ドラヒロインのおとうさんのなかでも、わたしは過去イチ好きかもしれない。もう来週から会えないなんてさびしいから化けて出てきてくれてもいいからね〜。きっとこわくないから😂
お兄ちゃん、直道。
直言の愛嬌を全力で受け継いでいるのが直道だった。花江ちゃんラブ。家族ラブ。妹や弟にもやさしい。妹のお弁当届けてあげたり、その際に知らない女子からバケツの水ぶっかけられても笑顔で許しちゃう。花江ちゃんが惚れるのも無理ないです!
また言動の端々から、えらぶらないわりに自己肯定感が高いな〜とも感じる。のびのび育ったんだろうなと思うけど、不思議とわがままさは感じず、他者へのやさしい視線がある。
今週、直道と花江の子である直人、直治にはるさんが、よくがんばりましたね、おばあちゃんの前では泣き虫弱虫で弱音を吐いて、とやさしく声をかけるシーンがあって、あぁはるさんは直道のこともこんなふうに暖かく、「男らしく!」の対極のような子育てをしてきたんだろうなぁと、しみじみ思った。
弱音といえばかつて毒饅頭事件の検証ののち、寅子たちみんなで弱音を吐きあったシーンを思い出す。そしてそのとき突然登場し「思ってることは口に出していかないとね。そのほうがいい!」と勝手に場をまとめ、「花江ちゃんが一番大事!」とのろけながら実家から出ることを軽やかに母に告げたのは、直道だった。彼はあの父よりもさらに、家父長制から遠いところにいた人かもしれない。
でもだからこそ、そんな直道の出征と、その死は残酷だった。
どんなにやさしい人か、どんなに周囲から愛されているか、そんなことはまるっと無視され、一兵として戦争に加担することを強要されること。それこそが「個」を奪われることだった。
そして直道のような人が日本中に、そこかしこにいたんだろうと思うと、本当にしんどい。
直道は「個」を取り返すこともできないまま、骨さえ帰ってこなかった。その無念が晴らされることは、永遠にない。その残酷さを今わたしたちは追体験している。
次男・直明。
直明が寄宿先の岡山から無事に帰ってきてくれた。直言は病がちで、あとは女子どもしかいないこのときの猪爪家にとってどれほどの希望だっただろう。
直明は猪爪家の男の中ではちょっと異色で、直言・直道とは明らかに違う真面目さ、優秀さを備えており、直言が「俺の子じゃないのかも…」と疑ってしまうのもわからないではない。兄や姉と違ってまわりの空気を読むタイプの子供でもあった。
思えば直明は遅くできた子で一番近い寅子とも12歳離れており、優三も含めたほぼ大人たちのなかで一人っ子のように育った。多感な時期に大好きな父親が逮捕・収監されるなどショッキングなことが起き、おそらくこのとき彼は母親をケアしなければならないと、子供時代を終えてしまったのだろうと思う。さらに岡山の寄宿学校に入学したことで、終戦間際のひどい時期も含め、家族と何年も離れた場所で大人にならざるをえなかった。
そんな彼の生真面目さが心配ではあったけど、寅子の奮起もあり学生の身分に戻れるようになってホッとしてる。「僕、勉強していいの?」と少しだけ子供に戻ったような表情に泣けた。彼がアドラーの『問題児の心理』をどうしても捨てられず読んでいたのはきっと今後への伏線なんだろうなと思う。それはのちに家庭裁判所の母と呼ばれる寅子の役に立つものなのか、それとも直明自身が選ぶ職業に結びつくのかわからないけど、これから彼がどんな人生を歩むのか楽しみ。
直明は猪爪家にとってだけでなく、視聴者にとっても希望の星です!
優三。佐田優三。猪爪家のもと書生。
優三さーーーーん😭😭😭😭😭
彼はとても孤独な人だったんだろうなと思う。両親が他界、実家がないって、どんな時代でも不安で立場が不安定だろうことを思うと、この家制度バリバリの時代においてはほんとに、糸の切れた凧のような存在だったんじゃないか。猪爪家はみんないい人たちだけど、猪爪家の仲の良さを一番近くで見れば見るほど、自分は違うのだと、心の中で線を引くような孤独を深めていたかもしれない。
だから寅子との結婚は「猪爪家のみなさんと本当の家族になれるという旨みがある」とはるに言ったのは彼の本心だっただろう。そもそも今で言う格差婚のようなものであることは優三が一番よくわかっていたはず。たとえ形だけの夫婦であったとしても、寅子と結婚できること自体が彼にとっては僥倖だったのだ。(だから一方で直言が寅子には花岡くんがいいなぁって思ってたのはまあ正直そうだろうなとは思う。ただ今さら口に出すなとは思う😂)
でもだからこそ、優未の存在が、優三にとっての人生の救いになった。出征の日、優未を抱いたまま顔を上げられなかった優三さんのことを思い出すといつも泣いてしまう。血縁を失って何年も孤独を生きて、やっと出会えた本当の自分の家族。彼はずっと望んでいたものをやっと手に入れたところだったのだ。
寅子に対してもいろんな感情があったと思うけど、一番は「応援したい」だったんじゃないかなと思う。女性の身で法曹の道を歩くことの大変さは、かつて同じ道を志した仲間をしてもわかってたし、かといって弁護士を辞めて火が消えたような寅子を見ているのもきっとつらかったはず。だから優三が言えることは、あなたがどんな道を選んでも応援する、ということだけだった。そんな優三の優しさがやがて、ボロボロになった寅子を立ち上がらせることになる。
お守りを届けに来てくれた復員兵の方のお話もとても良かった。優三さんは最後まで、誰に対してもやさしい人だった。それが理想化されすぎているとは、都合のいいキャラだとは、私には思えない。男性だと他者をケアできる人が比較的少ないからちょっと特別視されちゃうけど、少ないだけであって見返りなく他者をケアできる男性はどの時代にもいたはず。ただそのことに価値があるとはずっと思われていなかっただけなんじゃないかな。歴史に名を残さなくても、優三さんのような人はきっといたと思う。
そんな優三を失った哀しみに寅子は慟哭し、物語は初回のアバンにつながっていく。このシーン、たっぷり時間を使って寅子の哀しみを撮りきってくれてほんとうによかった。このドラマは毎回ほんとうに15分なのか疑いたくなるほど濃いのでテンポも早いのだけど、ここぞというところで役者さんの演技をじっくり見せてくれるとこと、その緩急がほんとうに好き!
がんばれ寅子ーーー!!!😭😭😭
今週は子どもたちにも目が留まるシーンが多かった。
身近なところでは疎開中、直人と直治が苦労している花江や寅子には弱音を吐けなかったこと。戦争は子供から子ども時代を奪っていくのだと思った。だからこそ、それをちゃんと言葉にして取り戻してあげたはるさんのナイスおばあちゃんっぷりに泣けた。
そして終戦後、路上にたくさんの戦争孤児たちがいる。生きていくために盗みをしている子も。子ども時代だけでなく、親も家族も、安心して眠れる場所も奪われた子どもたち。そんな彼らと寅子は向き合っていくんだなと思う。みんな救われてほしいよ。
少し話がずれるけど、こちらのインタビュー記事を読んでとらつばのことを思った。光州事件をテーマにした小説『少年が来る』を書いたとき、著者のハン・ガンさんはとても苦しかったし、読者も読みながら苦しかったと感想がきた。そこでなぜわたしたちは苦痛を感じるのかと考えたそう。
ひょっとして私たちが人間を愛し、信じているからではないかという気がしました。人間が尊厳を持つ存在だと思うから、それが砕けたのを見ると苦しいのです。
このところのとらつばを見ていての苦しさはまさにこれだった。人間の尊厳が砕かれるのを見るのはあまりにつらい。人間の尊厳とは、生きること、そして誰かになにかを強制されないこと。そしてそれを守るのが、新憲法なんだと思う。
歴史的な事件を扱うことは、過去について語る方法を探し出し、現在について語るということです。歴史を見つめて問うことは、人間の本性について問うことでもある。記憶を抱きしめ、生命に向けて進む人間の姿と能力に、私はいつもひかれます
これもまた、とらつばにつながる言葉だと思った。歴史は遠い物語ではなく、今の社会に、今の自分に直接つながる大事な誰かの記憶なのだと、とらつばを見ながら考えてる。ちなみにハン・ガンさんの小説は全部オススメです。
第8週シナリオふりかえり
直道の出征前の晩餐のシーン、国が代襲相続人に胎児を含める法改正を行った、国が戦争によって若い男性がたくさん失うことを予測しているようだと、寅子が心の中でつぶやくナレーション。これは大事な情報だと思うけど、ナレーションのみで説明するのが伝わりにくいと思ったのかな…
花江ちゃんの「絶対帰ってきてね」はシナリオにはない
寅子が倒れたあと穂高教授にブチ切れて帰っていったあと、桂場が穂高に「彼女を信じてあげるべきだった」と苦言するのは良かったですね…入れてほしかった…
寅子が妊娠のことは最初によねに話さなければと思って思索してる様子はカットしてほしくなかったな…
なんかあれもこれもカットしてほしくなかったって思っちゃうけど、ほかでもない脚本の吉田さんが「わたしの台本は長いのでしょうがないんです…ちょうどよく書けなくて…」といつも申し訳なさそうに発信されてるので、しょうがないよね!!!って思ってますよ!!!😂
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