第6週「女の一念、岩をも通す?」
今週はほんとうに怒涛の一週間で、何やら手を付けていいのやら…という気持ちなので主に女子部のみなさんをキャラクターごとに振り返ってみたいと思います!
「さいこうしゅく、です」と彼女はにこやかに名乗った。彼女の日本語はとても流暢だった。大好きな寅子たちの前でさえ、彼女は立膝でくつろぐことなくいつもきちんと正座していた。特高が部屋に乗り込んできたり警察署へ連れて行かれたことも、けして寅子たちには口にはしなかった。彼女はどれだけの孤独を抱えていたんだろう。
自分自身が弁護士資格を得ることは無理だろうと諦めながらもあれほどまでに女子部存続に熱意を傾けたのは、もちろん寅子たち仲間のためでもあっただろうけど、何より日本人女性に門戸が開かれない限り、朝鮮人女性にも道は開けないとわかっていたからだと思う。彼女は朝鮮人女性弁護士というファーストペンギン、自分ではなく未来の後輩のための礎となろうとしたんじゃないか。
6人で行った海辺のシーンは本当に美しかった。薄曇りの空にグレイがかった海。思うようにいかないね、わたしたちはいつもそう、と笑い合う。砂の上に書いたハングル「최향숙」。「チェ・ヒャンスクです」と本当の名を名乗ること。「ヒャンちゃん」と呼ばれて笑うこと。そのすべてが美しかった。
わたしもこれからはヒャンスク、もしくはヒャンちゃんと呼ぼうと思う。そしてまたぜったいにこの物語にカムバックしてほしい。
ところで、そもそも近代日本を舞台にしたドラマが少ないなかで(朝ドラはまあ多いかな)、かつ朝鮮人がメインキャラクターの一人である日本のドラマを見るのははじめてかもしれないなと思う。当時は朝鮮半島を完全に植民地化していたわけだから人の交流は活発で、内地にはたくさんの朝鮮人がいたはずなのにそのほとんどが透明化されているように感じる。いちばんに注目されるのは関東大震災時の朝鮮人虐殺事件のことだけど、それ以前にそもそもここに朝鮮の人たちがたくさん暮らしていたのだということが描かれることがあまりない。過去に『いだてん』では1936年のベルリンオリンピックで孫基禎と南昇竜の二人が日本代表としてメダルを獲得したことに触れられていたがかなりあっさりとしたものだった(ちなみに南はなんと三淵嘉子さんと同じ1935年に明治大学に入学している!)。
加害の歴史に向き合えるかどうかというのは、つくり手と、それを受け止める社会の成熟度だと思うので、この朝ドラがどういうふうに歴史に向き合うのか、期待して見ている。
ヒャンスクを脅しに特高が「竹もと」にまで押しかけてきたとき、最前線でガルルとなってる寅子とよね、ふたりをたしなめようとする梅子、その後ろから「もう少し控えめにお話なさればいいのに」とお嬢様言葉ながら特高相手に堂々と嫌味を言ってのけたのが涼子だった。かつて法廷劇で男子からの揶揄に何も返せなかった自分を悔い、迷うことなく男の股間を蹴り上げたよねを羨んでいた、あの涼子が。
そんな彼女に、いつか来るとわかっていた日が突然来る。女性戸主が認められない当時の華族制度において、父が出奔した以上、もはや涼子が婿を取るしか桜川家が華族として生き残る道はなかった。
この時代に男の生まれない家で血筋を守るという重圧を背負うこと。家の者たちを路頭に迷わすわけにはいかないという当主としての覚悟。母を見捨てられないという情にがんじがらめになること。母は未来の自分であり、彼女もまたこの家に生まれたことで不幸になったかつての娘だった。母を抱きとめる涼子は、まるで自分自身を抱いているようにも見えた。涼子にまとわりつく家制度、華族制度のすべてがやりきれない。
また、玉がどうなったのかも気になるところ。涼子を守ろうと特高を睨みつけていた玉も最初のころと比べるとぐっと頼もしくなった。涼子のそばに付いていてほしい気持ちもあるし、彼女自身の人生を歩んでほしい気持ちもある。学生ではなかったけど女子部の仲間と一緒にいることであきらかに向上心が芽生えていたし、好きなところに好きなように羽ばたいていく姿も見せてほしいな。
梅子さんの人生について考えたとき、第一週で見えた寅子の本棚にモーパッサンの『女の一生』があったことを思い出す。女性の人権が保証されてない時代、結婚がどれほどのギャンブルであるか。
大庭の家と縁談があったくらいだから梅子はきっと良家のお嬢さんだったはず。女学校に通ってたとしても卒業を待たずに結婚したのかもしれない。すばらしいお相手だと、梅子自身も浮かれていたかもしれない。――実際に嫁入りするまでは。三人も男子を産み、そのあと離縁される。もちろん親権は問答無用で夫側が持つ。跡継ぎを産むだけ産まされて、そのあと放り出される。そういうことが起こり得る社会。
幸三郎くんだけを連れて家を出たのは梅子らしい現実的な選択だなと思う。三男だけなら大ごとにされることなく逃げ切れるかもしれない。だけどこれからどうやって生きるんだろう。地方で住み込みの女中みたいな仕事はあるだろうけど、万が一、あの夫が子を連れ去ったと警察に届け出ていれば本格的な逃亡生活となる。そしてこれから戦況はひどくなる。その前にどうか落ち着ける場所を見つけてほしい。今は不安しかないけれど、きっとまた物語に戻ってきてくれると信じてる。
また、謝ってばかりの梅子らしい手紙を泣きながら読んだ寅子が、何も言わず必死の形相で試験勉強に向き合っていた姿にも胸が痛んだ。こうして寅子がまたひとつ荷を背負っていく。
よねに関してはもうあっぱれとしか言えない。あっぱれでしょ、こんなの。100年後の未来でも就活はスカートのほうがいいとか言われるこの国でですよ、まだ女が合格したことのない面接試験にいつもの男装で行ったんでしょ。もうそれだけで百億点です。「あんたらの偏見をこっちに押し付けるな」ほんとうにその通りすぎて😭
だけど100年後のわたしたちがいくらあっぱれだ百億点だと言ったところでなんの役にも立たない。当時よねがどれほどの逆風のなか生きていたことだろう。男装姿でこれまでどれだけ笑われてきたことだろう。それでも彼女は諦めなかった。自分自身を貫き通すことを。「女性らしさ」を拒否することを。
あたしは自分を曲げない。曲げずにいつか必ず合格してみせる。
自分を曲げなかったことは、仲間への矜持だったのかもしれないなと思う。試験を受けることもできなかった仲間たちへの、そして、あなたはあなたのままでいいと受け入れてくれた寅子への。
来年は桂場が面接官になってくれたらいいな。いつもの合理主義で「格好は関係ないでしょ、どうせ法服着ますし」とか言ってほかの面接官を黙らせて。そしていつかはよねが面接官になってくれたらいい。そんな未来が見たいよ。
また今週、涼子の「私のワガママに皆を付き合わせられない」という言葉に「お前がやってきたことはワガママなのか? 違うだろ!」と怒りをぶつけたのがよねだったこともじーんと来てしまった。涼子とよねはこの時代の日本に女性のヒエラルキー(いやな言葉だ)があるとしたら、最上層クラスにいるのが涼子で、最下層クラスにいたのがよねだ。そんな二人がともに机を並べ、同じ目標に向かって切磋琢磨し、ときには一緒におまんじゅうも作った。そんな瞬間があったことがほんとうに尊い。よねが涼子のために怒ってくれたこと、ぜったいに忘れない。
女性として初めて、女子部二期生のなかではただ一人合格した寅子はしかし、どこか呆然としたままだった。政治により排除されたヒャンスク、三男と生きるために失踪した梅子、母を守るために結婚を選んだ涼子、男装姿で面接に挑んだよね。あまりに怒涛の勢いで女子部の面々がそれぞれの地獄に足を取られ散っていくのを呆然と見ているしかなかった。ついこのあいだまでみんなで合格しようと一緒に努力してきたのに、なのにどうしてこんなことになったんだろう、と。
試験に合格できたのは、日本人であり、家族は守るべき存在でなく自分を応援してくれる存在で、生まれたときから経済的不安もない、恵まれた自分だけだった。努力だけではどうしようもならなかった。その現実を、寅子は思い知らされる。
働きながら一年間死ぬ気で勉強して、友と別れ、月経の痛みも乗り越えて、やっと勝ち取った景色は思っていたものとぜんぜん違っていました。
寅子はたった一人勝ち残った。だけどそれはたった一人、置き去りにされることと同じだった。
祝勝会にて寅子は、女性初の弁護士としてその晴れがましい場に立ちながら、記者の質問にいちいち「はて」と反論し、この場に立てなかった仲間たちのことを口にする。生い立ちや信念や格好で切り捨てられた仲間たちのこと、そしてスタートラインにすら立てなかった女性たちのことを。そしてこうじゃない社会にみんなでしましょうよと、果敢にも会場に呼びかける。その言葉に怒りと悔しさが滲む。
寅子は空気を読まなかった。スンッとしなかった。「わたしたちは怒っている」とはっきりと口にした。寅子のスピーチは、ありきたりの感謝とよろこびの言葉を期待していた男性だらけの会場を大いにしらけさせ、だけど隣にいた久保田と中山の胸をきっと熱くさせ、そのクソ度胸が桂場を笑わせ、因縁のある竹中に記事を書かせた。そして百年後を生きるわたしたちにその言葉が響く。「男か女かでふるいにかけられない社会」の実現はまだ道半ばだから。「男性と同じ試験を受けているのに」女性だけ不当に点数を減らされていた医学部入試の女性差別が発覚したのは2018年だった。だからわたしたちは「男女関係なく!」と気を吐くように言い切った寅子の言葉に泣く。
それは前半のクライマックスのような一幕だった。だけど信じられないことにまだこれ6週目なんだよな。まだまだこれからー!という制作陣と伊藤沙莉さんの気合を感じる。本当にすばらしいシーンでした👏👏👏
そして今週は無言の寅子をすこし長めに見せるシーンが多かったなと思う。怒涛の展開の濃い一週間だったけど、そういうシーンでふと立ち止まり、寅子の複雑な感情に思いを馳せることができる。このドラマの余白を感じるテンポが好きだなとあらためて思った。
久保田先輩、中山先輩、そして優三のことも。
久保田と中山はたった二人しか残らなかった一期生で、寅子たちよりもひどい差別を受けていたことは想像に難くない。だからこそ二人が一緒に合格してくれて本当によかった。
久保田のモデルである中田正子さんが最初に二次試験(面接)に合格できなかったのは、女性だったから落とされたのでは、という噂は当時から本当にあったそう。ドラマでは久保田が面接時に結婚の予定を聞かれムッとして反論するという、わりと最近まであった面接セクハラあるあるが織り込まれた。
中山は相変わらず泣いてばかりだけどいつの間にか結婚してたし、夫の出征が決まってしまったけど、それで諦めるのかと思いきや「君が婦人弁護士にならずに誰がなる」と言ってくれるすばらしい夫でよかったよ〜😭 中山がすぐ泣くキャラであることを突き通してくれる脚本も、女が泣いて何が悪い、と言ってくれるようでそれがうれしい。泣いたっていいじゃんね。
そして優三さんはついに弁護士の道を諦める。あと少しじゃないかという直言の気持ちもよくわかるけど「ここが潮時」と決めた優三はスッキリとした顔をしていた。「よくここまで頑張りましたね」というはるさんの心のこもった言葉にも泣けた。体調の問題はやっぱりあるのかなと思う。試験がゴールじゃないもんね。最後の試験、優三は寅子の変顔に助けられ、生理になった寅子は優三に会場まで付き添ってもらい、互いに助け合ったことが今後につながっていくのかな〜と思う。
そんなこんなで今週はうまくまとまらないしいくら書いても書き足りない気がするのだけど、とりあえず願うことは、ヒャンスク、涼子、たま、梅子が元気な姿でこの物語にカムバックしてくれること!本当にそれだけです!予告ではとりあえずよねがいてくれたのでホッとしてます😭 地獄の道はまだまだ続くだろうけどみんな生き延びてくれ〜😭😭😭
来週も楽しみです!!!
第5週脚本ふりかえり
先週の感想で寅子が法廷で監獄法のことを思い出したのは、優三が貸してくれた刑法のノートが記憶にあったからではと書いたけど、脚本にも【一番上には「監獄法」のノートがある。】とト書きに書かれていた
竹もとで女子部5人と花岡と轟で調書の確認したあと、これからも手伝うと言ってくれたみんなに感謝する寅子に、「証拠を隠そうとしたら力付くで止めてやる」と軽口を叩くよねさん、寅子への信頼しかなくて良き😭
共亜事件の判決が出る前にも桂場と寅子が竹もとで顔を合わせるシーンがカットされている。先に立ち去ろうとしたのは桂場だったがそれを押し留めるように寅子が店を出る。無言のシーンだけどお互いに法曹の人間らしい態度でいいなと思った。
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