「現実ってなんですか? 理想は掲げ続けなきゃただのゴミクズですよ!」そう吠えたのは2024年のドラマの顔となった『虎に翼』のヒロイン寅子でした。そんな2024年を締めくくるにふさわしいドラマ『宙わたる教室』の主人公・藤竹はこう言います。「科学の前では誰であろうとみんな平等のはずですよ」と。
青くさいと冷笑されそうな言葉をまっすぐに口にすること、それだけでどうしてこんなに泣きそうになってしまうだろう。思い返せば『虎に翼』の初回のアバンで読み上げられた憲法第二十四条もそうでした。「法の下に平等」「差別されない」――そうではない現実を生きているからこそ、「平等であるはずだ」という理想まで捨ててしまってはこの手にはもう何も残らない。
2024年は「それは理想論」という冷笑から「理想」という言葉を取り戻そうとするドラマがアツい一年でした。

『宙わたる教室』は新宿の定時制高校を舞台に、科学部を作ろうとする科学教師・藤竹と、彼のもとにやがて集ってくるワケアリの生徒たちの物語です。本作は大阪の春日丘高校定時制科学部の実話を元に作られた小説が原作。小説も評判が高く(わたしも読みましたが面白かったです!)、作者の伊与原新さんも今は小説家に専念されているようだけどかつては藤竹と同じように大学で助教をされていたそう。
ワケアリの生徒たちが一風変わった教師と出会って改心していく――というとよくあるフォーマットですが、『宙わたる教室』は2024年にふさわしくチューンナップされた物語でした(原作の刊行も2023年)(NHKドラマ班の嗅覚とスピードよ…!)。
そもそも主人公の藤竹(窪田正孝)は「一風変わった」キャラクターではありません。「食えない男」と長嶺に言われるように何を考えているかまわりには伝わりにくい人ですが、常識を外れたような言動はしないし、なによりも他者を尊重する心ある人です。
(ちなみに主人公が「変人」というドラマあるあるに風穴を開け、余計な設定を盛らない「優秀な人」を主人公に据えたのが2018年の『アンナチュラル』だと個人的に思っていて、窪田正孝さんはそのドラマで、エリート医者一家の落ちこぼれ息子であり「へっぽこ」検死アルバイトの六郎という愛すべきキャラクターを演じてました。ある目的を隠し持っていたという点では今回演じた藤竹とも同じですね)
そして定時制高校であるため、「ワケアリの生徒たち」の「ワケ」も「生徒たち」も普通高校よりぐっと多様です。実質二人目の主人公とも言える生徒・柳田岳人(小林虎之介)は、見た目こそ金髪作業着で完全にヤンキーですが(まぁ中身もヤンキーです笑)、藤竹に指摘されるまで自分が発達性ディスレクシアという学習障害を抱えていることを知らずに生きてきた青年でした。フィリピンルーツでムードメーカーの中年女性アンジェラ(ガウ)、起立性調節障害で不登校になった名取佳純(伊東蒼)、中卒で働き詰めの人生を送ってきた老人・長嶺(イッセー尾形)。そんな科学部のメンバーの他にも、ヤングケアラーやシングルマザー、家庭内暴力など様々な困難を抱える人たちが丁寧に描かれます。
「透明化された人々を描きたい」と数々のインタビューで口にしていたのは『虎に翼』脚本家の吉田恵里香さんですが、『宙わたる教室』の生徒たちもまた、一見わかりづらい障害やミックスルーツなどを抱えた、現代の「透明化された人々」でした。
藤竹と出会った科学部の面々は、それまで無縁だった科学実験に夢中になっていきます。もともとは学習意欲すら薄かった彼らが、実験を成功させるために自発的に学び、自分の知識や経験を総動員させ、あれこれ手を動かしながら目をキラキラさせて試行錯誤する姿は見ていてグッと来るものがありました。本来学ぶことは楽しいことなんだってことを思い出させてくれるドラマです。
第一話のラストで藤竹はこう言います。「ここは諦めたものを取り戻す場所ですよ」と。〈みんなと同じ〉からドロップアウトしても、できないことがあっても、そして何歳であっても、やりたいと思って行動すれば遅すぎることはない。どんな人にも可能性はあるのだと、すべての人を応援するメッセージに胸が熱くなります。
また登場人物が多様であるがゆえの分断も描かれます。教師/生徒、全日制の生徒/定時制の生徒、高齢者/若者、持つもの/持たざるもの。だけど相手を知ることによって、その痛みを想像し、理解し合えることもある。「分断を乗り越える」こともこのドラマのテーマの一つだったのかなと思います。
藤竹の本当の目的は何だったのか――終盤、ある波乱とともにそれが明らかになります。この国の教育の問題を見つめながらも、人間の可能性をぐっと広げてくれる教育の価値に夢を見たくなる、そんな素敵なラストに物語は見事に着地しました。
そんな物語のすばらしさはもちろんなのですが、ほんっと〜〜〜に役者さんたちの演技に引き込まれる作品でもあります。
まず主演の窪田くん。科学部を見守る穏やかな大人の表情、伊之瀬先生の前で見せる傷ついた少年のような眼差し、不平等への怒りを噴出させる声色、そのすべてが繊細オブ繊細な演技で、かつ佇まいが美しく、そんな藤竹をずっと見ていたかったです。もとから繊細なお芝居をされる役者さんなので、今作の藤竹は本当に当たり役だと思います!
名取佳純役の伊東蒼ちゃんは撮影中に19歳になったそうですが、その若さで演技はもはやベテラン職人みがあります。佳純はおとなしめなので台詞は少ないのですが微妙な表情の変化で感情が伝わってくるのがすごい。むしろ演技と感じさせない、どのシーンも名取佳純そのものでした。
イッセー尾形さんは圧巻の長台詞が話題になりましたが、それほかでも柳田のことについて藤竹と二人で話すシーンもとても印象に残ってます。愛妻家でおちゃめで、それでいてものづくりへの情熱を秘めた長嶺さん、大好きでした。
そんなヤバ演技強者3人を相手に臆することなく、その瞬発力と声のデカさと豊かな感情表現で飛び回っていたのが柳田演じる小林虎之介くんです。まだ活動を始めて4年くらいの役者さんなのに、原石の光がビカビカで眩しいくらい。本作でファンが一気に増えたんじゃないでしょうか。彼がキャスティングされて本当に良かったです!
アンジェラ演じるガウさんはこの作品ではじめましてだったのですが、物語の中だけでなく現場でもムードメイカーだったんだろうなぁとわかってしまう、"陽"のパワーに溢れた人で大好きになってしまいました。
そして藤竹の大学同期でありJAXAで責任あるポジションにいる相澤演じる中村蒼さんも良かったです。聡明なイメージがぴったり。職場ではプレッシャーに追われる立場ながら、藤竹のことを気にかけ続けてくれるいい友達でした。
そして役者さんたちだけじゃなく、科学実験を映像に落としこむスタッフさんたちの努力も、美術も音楽(jizueさんのエモーショナルな音楽も、毎回抜群のタイミングでかかるリトグリの主題歌も最高でした!)も衣装も、すべてを称賛したいドラマでした。わたしのなかでは『虎に翼』と並んで2024年のベストドラマです!
さて、そんな『宙わたる教室』はAmazonプライムにて絶賛配信中であり、U-NEXTでもNHKパックに入れば全話見られます。ポイントみんな失効しがちと思うので(笑)契約してるドラマ好きさんはNHKパック入るのおすすめです。
ちなみにU-NEXTでは『宙わたる教室』の監督(吉川久岳さん)と脚本家(澤井香織さん)の組み合わせで「むこう岸」という単発ドラマも見られます。こちらもまた児童文学が原作なのですが、進学校からドロップアウトした男の子とヤングケアラーの女の子、二人の中学生を中心とした生活保護を巡る物語で、重い内容ではあるのですがとってもよかったです。「人権」の話でもあるので『虎に翼』が好きだった人にもおすすめしたいです。映画『夜明けのすべて』で住川ダンくんを演じていたサニーマックレンドンくんも重要な役で出演しています。
それでは未見の方は年末年始にでもぜひ、『宙わたる教室』見てみてください〜!よろしくおねがいします!!!