日本と韓国、ふたつの国、ふたつの展覧会

hinata625141
·
公開:2026/2/18

横浜美術館で開催中の「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」に友人と行ってきた。これで年始の日記で行きたいと言及した2つの展覧会(もうひとつは近美の「アンチ・アクション展」)の両方に行けたことになる。やっぱり行きたい場所はどこがしらかに書いておいたほうがいいのかもしれない。書くことで実現の可能性が高まる気がする。

少し遅れてくるという友人を待ってすぐ近くのブルーボトルコーヒーで読書をする。まだ2月なのに気温が高くて小春日和。昨日から読んでいる大前粟生の『プレイ・ダイヤリー』がとても良くて薄い本だからあっという間に読み終えてしまいそうなのが惜しくて、ゆっくりと読んでいる。

サングラス、アイスコーヒー、『プレイ・ダイヤリー』を並べた丸テーブル

友人が来たと連絡が入ったのでアイスコーヒーは少し残して店を出る。昔は好きだった酸味の強いコーヒーが最近は苦手かもしれない。横浜美術館前の広い芝生にはたくさんの人が座っていて、ひさしぶりの暖かい気温と太陽の光を楽しんでいる。ほんとうに春みたい。と思ったけど建物の影に入ると急に冷える。友人と会って開口一番「あったかいんだかさむいんだかわからんねえ」と言い合って笑った。

さて、「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」

美術館前の看板

1945年の終戦後、朝鮮半島に帰った画家、帰れずに在日として生きた画家。北に帰った人は音信不通になったり。朝鮮人と結婚し、北へ渡った日本人妻を取材した写真や映像のコーナーもあった。そんな人達が「いた」という圧倒的な実感。

日韓の国交が樹立した1965年からは、両国の美術が互いの国で紹介されるようになる。当時日本で開催された「韓国・五人の作家 五つのヒンセク〈白〉」展から、白を基調とした韓国の作家の作品が並んでいる部屋はとても静謐で美しかった。やっぱり朝鮮と言えば白だなと思う。わたしにとってはハン・ガンのイメージもあるかもしれない。

90年代に入ると韓国の美術大学に留学した中村政人を中心に両国の若いアーティストたちがつながりを持ち、中村と村上隆がソウルで開いた二人展はとても注目されたそう。

正直わたしはこの「中村と村上」展を紹介する第4章まで、やっぱり男性作家の作品ばかりだなぁとか、日本の加害の歴史や軍事政権下での弾圧のことは取り上げられないんだろうかとか気になっていたので、続く第5章で、日本人女性作家である富山妙子さんの、しかもかなり政治的な作品がバーっと並んでいたのでとても驚いた。

フランスに亡命しながらも東ベルリン事件(ヨーロッパ在住の韓国人をスパイ容疑で韓国政府が逮捕し勾留した事件)によって投獄されたアーティスト夫妻、李応魯・朴仁景と、彼らと交流を持ち、光州事件や韓国の民衆運動をテーマに作品を制作した日本人作家、富山妙子。三人の作品、どれもめちゃめちゃパンチがあって魅入ってしまった。とくに富山妙子さんとの出会いはこの展覧会における個人的に一番の収穫だったと思う。

その部屋では李応魯・朴仁景夫妻のフランスでの日常と訪日したときのドキュメンタリー映像が流されていた。「原爆の図」美術館を訪れた彼らが丸木俊・丸木位里の二人と出会い、日韓それぞれに自国の負の歴史に向き合うアーティスト夫婦が「戦争はもう追い出しましょう」と語らっていたのが胸熱だった。

そのあとも、在日の女性と結婚したアーティスト高嶺格さんがふたりの結婚式を写真とテキストを組み合わせて表現した作品《Baby Insa-dong》や、在日三世の大学生と、日系アメリカ人の大学生が、それぞれの家族の歴史や今自分が置かれている複雑な状況を言語化して語り合うビデオ作品《可傷的な歴史(ロードムービー)》(田中功起)も良かった。


今回の展覧会では「つながりたい」というアクションの歴史のように思えた。過去の加害の歴史や社会の中の差別を表現した作品はすごく少なかったので、まあ良いところだけ見ているといえばそうなのだけど、それでも互いの国のアーティストを尊敬し、輪を広げていこうという試みはずっとあったこと。こういうことは長いスパンで見ることに意味がある。「排除したい」という感情ばかり目に見えがちで傷つくことも多いのだけど、その反対には「つながりたい」という感情もわたしたちのなかに確実にあるのだと思えた展覧会だった。

当たり前のことだけど、国や時の政権と自分は違うのだから、わたしたちは個人として属性や国境を超え、つながりたい人とつながり、連帯することができる。右傾化する社会の中で、いかに国と自分を切り分けるか、誰かの決めたものさしで物事を考えてしまっていないかを自分に問うことが大事になってくるだろうなと思う。この展覧会からも、そして今読んでいる『プレイ・ダイヤリー』からも、近いものを感じた。未来が不安になればなるほど、「つながりたい」という感情がきっと心の支えになる。

撮影不可のゾーンが多かったのだけど、こちら↓で一部見られます(富山妙子さんの『光州のピエタ』も)

個人的にはキャプションに韓国語がないのは企画的にどうなんだろうなぁというのと、ビデオ作品が多いのに(しかもひとつひとつの時間が長い)それぞれのヘッドホンが少なすぎて見られる人数が限られてしまうのが、なんかもうちょっと改善してもらえないものか…と思ったりもした。


閉館時間ギリギリに美術館を出て、すっかりお腹がへってたので目の前のマークイズで晩ご飯を食べることにする。美術展からの流れで韓国料理!

海鮮チヂミとチャプチェとセンマイ刺し

何ヶ月ぶりかに会う友人とは話すことがたくさんあるはずなのに、半分くらいは何度もした話をしているような気がするのはなんなんだろうか。まあ楽しいからいいんだけど。

友人も最近はおっくうでつい見たい美術展を見逃してしまうと言っていた。わたしもそうなので(去年はほとんど行かなかった)、自分から積極的に誘おうと思う。友だちと約束して行くのが一番確実だから。


帰りの電車に揺られながら、そういえば何年か前にも韓国の作家の展覧会を見に行ったな……とふと思い出し、家に帰って確かあるはずの図録を探して引っ張り出してみると、2023年の夏だった。そう、暑かった。明らかに住んでる人しか降りない駅で降りて、道は合ってるのか不安に思いながらひとり、炎天下の坂道を歩いた。それもまた横浜だった。横浜は坂が多い。

図録の表紙

ちょうど100年前の関東大震災、そこで起きた朝鮮人虐殺事件をテーマに、在日や韓国人、そして日本人のアーティストの作品が並んでいた。会場自体は役所の二階のイベントスペースみたいなところでけして広くはなかったのだけど、政治的でインパクトのある作品が並んでいてとても刺激的だった。こういう展覧会が開かれることこそが表現の自由だなと思う。

あいちトリアンナーレの件もあったし(あれは2019年)、こういう政治的なテーマの展覧会には場所を貸さないみたいなことはあちこちで起きてるのではないかな……と不安に思う。だからこそ、政治的な題材を扱う展覧会にはできるだけこれからも足を運びたいなと思う。

まだカメラロールに写真が残ってたので記録のために貼っておきます。

『関東大震災、100年ぶりの慟哭 AIGO アイゴー展』

キム・ソギョン『関東大震災、そして歴史学者姜徳相と弁護士布施辰治1』『関東大震災、そして歴史学者姜徳相と弁護士布施辰治2』
ミン・ジョンジン『15円50銭』
ユ・ジュン『15円50銭』

@hinata625141
感想文置き場。たまに日記。