『虎に翼』第12週ふりかえり

hinata625141
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公開:2024/6/23

第12週「家に女房なきは火のない炉のごとし?」

家に主婦がいないのは、炉の中に火がないのと同じで、大事なものが欠けていて寂しいということ。

なんとか無事家庭裁判所が発足し、寅子は念願の判事補となるが、兼任として相変わらず家庭裁判所の仕事も任され、巷にあふれる戦争孤児たちの対応で大忙し。また、よねとの再会、道男のこと、はるとの別れなど、今週も濃かった…。


今週もまたむずかしいボール投げてくるなぁと思ったのは、道男の年齢だ。

もし寅子が家に連れ帰ったのが、たとえば直治や直人と同じかそれより小さい、いわゆる子どもらしい年のころならこんなに戸惑わないだろう。16歳か17歳という年齢は、身体だけ見れば大人だ。昼間は女子供しかいない猪爪家に一時的とはいえ引き取ったのは多岐川の言うとおり、寅子の「軽率」な判断だった。実際、道男は花江に好意を示し、視聴者までもひやりとさせる。

「優しくされることに慣れてない」とはるが言ったように、両親が死ぬより前から家庭に問題のあった道男は人間関係をうまく築けない。そのことをはるも花江もなんとなくわかっていて、道男のことは子供だと思ってはいる。とはいえまだ深くは知らない相手からの好意に対して、女性として反射的に恐怖を覚えてしまうのも無理がないことだった。

そうして出ていってしまった道男との縁をふたたび繋いだのは、はるだった。心臓の病で倒れ、明日の朝までもたないと言われたはるは、寅子、直明、花江、そして孫たちに囲まれ力なく笑みながらも、最後に道男と会いたいと願う。

自分を探しにきた寅子の姿を見た瞬間、道男は轟事務所の小部屋に立てこもる。閉ざされた扉越しに寅子は必死に語りかけた。それはただ、母の願いを叶えたいというエゴだったかもしれない。だけどエゴゆえの必死さが、道男の閉ざした心をこじ開けようとする。

誰でも失敗はするの、大人もあんたも! でもまっとうな大人はね、一度や二度の失敗で子供の手を離さないの。離せないの! 関わったらずっと心配なの!

吉田さんの脚本は、大人がちゃんと、大人だと思う。家族じゃなくても、何の見返りがなくても、自分より弱い人を守ろうとする。その気持が美しい。「自己責任」なんていやな言葉の染み付いたこの時代から見ればまぶしいほどに。

はるの心残りは、道男を抱きしめることだった。「よくここまでひとりで生きてきたね」と褒めてあげること。最後にはるが大きな愛情を手渡したのは道男だった。道男がほんとうに必要なものをはるはわかっていた。「また一人になってしまう」と怯える道男に、「それはこれからの道男しだい」とはげますように優しく手を握る。

はるの、はるらしい美徳が、大人を信じられなくなっていた道男の心を溶かしていく。

そしてはるは、最後まで寅子を「母の娘」でいさせてくれた。

第一週こそ寅子をふつうの女性のレールに乗せようとぶつかった壁となったはるだったが、寅子の覚悟を受け入れた以上、娘を心から応援してくれた。良い関係だったからこそ寅子は「母親」を乗り越える必要もなく、二人は互いを認め合う良い母娘関係を築けた。

寅子はずっと「娘」だった。結婚しても、子供を産んでも、男手がなくなって寅子が稼ぐ、旧来的な家長の立場に立っても、ずっと「娘」でいることができた。そうさせてくれたのは、はるだった。寅子が戦後ふたたび勤め始めても特別扱いはせず、帰宅すれば手伝いをさせた。「なんでもあなたに任せる」とは言わなかった。寅子が最後まで「いやだ」と子どものように泣きじゃくり続けられたのも、はるが最後まで「母親」の立場を手放さなかったからだ。それは寅子の家庭での、家長としての負担を肩代わりしていたということでもあった。最後まではるは決定権を持ち続けた。

見ようによっては、寅子の自立を阻んだようにも見えるかもしれない。だけど終戦前後の大混乱期において、夫を、息子を、家を、財産を奪われた女たちは自然と役割を組み直したのだと思う。戦前は(すくなくとも対外的には)自己決定権を持ちえなかった女たちが女だけで家を守るために。はるも、もし直道や優三が生きてたらその役割を手放し、一歩下がった「おばあちゃん」でいられたかもしれない。だけど夫を失い子どもを守らなきゃいけない二人の娘(花江もまた最後まではるさんに守られた「娘」だった)のために、はるは最後まで「母親」でい続ける、その強い意思を通した。

母と娘は近すぎるゆえに厄介な関係になることも多い。それでもうまくいけば強力なフェミニズムの縦の糸となるのだと、はると寅子を見ていると思う。女ゆえ進学もできず、結婚しか逃げ場のなかったはるは、寅子が自分の想像を超えて大きく羽ばたいていくことが心配でもあったが、誇りでもあった。「自慢の娘ね」はるの遺した手帳を見ながらその気持ちを代弁した花江の言葉に泣いてしまう。

はるが亡くなったことで、寅子と花江はいやがおうにも「娘」を卒業させられる。もうこれからは自分たちを守ってくれる存在はいない。父も夫も、そして母をも失い、寅子と花江こそが家と家族を守る存在になる。決して今までどおりにはいかないだろう。うまくいかないこともあるだろう。だけどきっと大丈夫、と、はるの日記を火にくべながら泣き笑いしている二人を見て思った。親友で、家族。こんなに心強い存在はいないのだから。

寅子と花江だけではない。このドラマには、血縁や婚姻にかかわらない、擬似的なパートナーシップや家族関係があちらこちらに見られる。

父親がわりとして優三を支え続けた直言。まだ子どもだったよねを引き受けたマスター。ともに弁護士事務所を営むよねと轟。汐見夫婦を支える多岐川。道男を引き受けた笹山。そしてはるが築いた道男と猪爪家の縁。

「猪爪家の人になりたい」そう、道男は言った。道男は知らないが目の前でそう言ったのが二人目であることを寅子は知っている。謝って立ち去ろうとする道男に、「産んであげることはできなくても、もうおおむねそういうもんよ」と寅子と声をかけ、「これからはもっとそうなっていく」と花江が追従し、直明が「ごはんにしようか」と立ち上がり、直治が「道男も手伝え」と促す。そうして道男は、はるの遺影の前で、家族の輪に入った。

路上にあふれる孤児たちすべてを救うことはできなくても、寅子は道男のために奔走した。「生ぬるい理想でも今できる一番を探したい」そう言って、きびしい現実のまえで諦めないで、理想をもってもがき続けた。だからこそひらけた道がある。優三を励まし続けた直言の、道男を抱きしめたはるの、他者へのケアの精神が寅子の心に息づいてる。

愛が理想を超えて奇跡を起こすわけだよ

一見陳腐にも聞こえる多岐川の言葉に、あぁほんとうにそうだなと泣けてしまう。人の善性を諦めないこのドラマが好きだと、またあらためて思った。


ちょっと脱線。

今週はるが、そしてそれを引き継ぐように道男が、「お天道様は見てる」というフレーズを口にした。それを聞いて、沢村貞子さんがエッセイに書かれていた〈こんにちさま〉を思い出した。母親も含めた浅草の昔の女たちがとにかくよく体を動かして働くことについてこう書いている。

 なぜそんなに働くのか、ときけば、

「こんにちさまに申し訳ないからさ」

と、いつも答えた。

 〈こんにちさま〉が、どこに祭ってある神さまや仏さまか、誰も知らない。ただ、律儀な昔の女たちは、その日その日を無事に生きている以上、怠けていては〈なにか〉に申しわけない……と、いつも胸の中で思っていた。そのなにかが〈こんにちそま〉という言葉になったのだろうと思う。

 だから、その人たちは、たとえ自分の必死の働きが形になって報われなくても、決して、愚痴はこぼさない。

『私の浅草』(沢村貞子)

〈お天道様〉も〈こんにちさま〉もいい言葉だなと思う。誰かが見てなくても、しゃんと真っ当に生きること。はるさんはそんな人だった。そんなふうに生きたいですね。


「佐田が去ったとき、お前は心から傷ついた。だから怖いんだな、また関わるのが」そう轟に見抜かれたよねはの心を寅子はまた開くことができるだろうか。そして梅子さーん😭 あいかわらず大変そうだけどとりあえず息子ともども生きてくれててよかったよー😭😭😭 というわけで来週も楽しみです。

それはそうと、第12週が終わったということはついに折り返しなんですね!すごい!半年ずっと面白かったよ〜!!後半も楽しみです!!!

そしてわたしも週イチレビュー、半年続けられました!やったー!こちらもなんとか最後まで完走できたらな〜と思ってます!


第11週シナリオふりかえり

  • 花岡のニュースを聞いて裁判官らに食べてもらおうと卵を持ってきた老人、断ろうとする桂場、横から受け取る寅子。このシーンまるっとカットはもったいないなぁ〜。寅子と桂場のそれぞれの思いを現すシーンとしても入れてほしかった…このシーンを受けて桂場とライアンが寅子のことを話すシーンもいいんだよね

  • 正論の純度問題。正面からぶつかって撃沈する寅子。はると花江にその話をすると、それぞれ直言、直道のことが話に出て、いや〜あのふたりもちがうなぁ〜ってなったタイミングで直明が帰ってきて、「これですよこれ」ってなる流れめちゃめちゃおもしろくて読みながら吹き出してしまった。見たかったよ〜

  • 事務所の引っ越し、猪爪家まで手伝いに駆り出されるのはなんなんだと思ってたけど、はるさんの桂場への意地がまだあったということにちょっと笑ってしまった。因縁ですね。

う〜ん今週は外してほしくなかったシーンが多かったなぁ。全部撮ってるならディレクターズ・カット版出しませんか!?朝ドラ初のディレクターズ・カット版、円盤に入れてください!買います!!


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@hinata625141
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