遠い国を想い、足下の世界を見る

hinata625141
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公開:2026/6/17

なかなか良い週末だった。放送大学の勉強もノルマはできたし、部屋の掃除もしたし、映画館には行けなかったけど配信で何本か見たし、本も読んだし、マンダロリアンのドラマシリーズもけっこう進んだし、娘と一緒にミサンガも編んだし、日曜の午後は友人A子と美術展を見てそのあと焼き鳥屋で飲みながらたくさん話をした。

ミサンガ編むの楽しい。とくにこの輪結び、簡単なわりに色の配分など自分で決められる余白があるのがいい。ビーズとか編み込んでもいいかも。もっと作りたい。

わたしは針仕事大嫌いだし編み物も何度かチャレンジしてるけど続かない。ミサンガは手編みだし完成まで時間がかからないからいいのかもしれないな。こんなにたくさん編んでどうするって話ではあるんですが……。


さて日曜の午後。友人A子とはすこし遠くの美術館を目的としたショートトリップを時々やってるのだけど、今回はめずらしく、というか初の上野が目的地となった。近い。たまたま招待券があるとのことで東京藝大美術館で開催中の「日曜美術館50年展」に行くことになったのだ。

NHKの「日曜美術館」、たまーに見るとすごく面白いのだけど、なかなか毎週見るのは難しかったりする。だけど展示最後にあった過去放送回のタイトルの一覧を見るとすごく面白そうな回がたくさんあって、アーカイブ公開してくれ〜と思った。そのアーティストが好きな著名人たちの番組内コメントも、今回の展示でもたくさん紹介されてたけど、すごく貴重だと思う。

黄色い背景の女

今回の目玉の一つであるピカソの「黄色い背景の女」。なんかこれ、二人の女性が抱き合ってキスしてるようにも見えませんか?勝手にクィア性を感じた。「鑑賞者は結局見たいように見ればいいのだ」というピカソ本人の言葉もまた別の展示で紹介されていたので、見たいように見ます。

あとこれは企画内容とは関係ないのだけど、同じく上野で開催中の大ゴッホ展についてのポストで、大人と子供ではその視点の高さによって絵画の見え方が変わってしまうというのを見て、そういえば美術館の展示は全部大人の立って見られる人に最適化されてるんだよなぁと改めて(本当に今さら)気付き、車椅子の人だったらどう見えるかなぁと思いながら各展示室を見た。

もちろん子供の視点と同じで、絵画は見え方は変わるだろうけど見えることは見える。それよりも工芸品の展示が厳しいと感じた。立って見ることに最適化されているので、例えば皿が展示されていたら、車椅子の人からだと多分皿の外側しか見えず、皿の内部は見えないと思う。

またキャプションも、車椅子の人にとってはおそらく位置が高いのだろうし、わたしみたいに目が悪い人間もかなり近づかなければ読めない。今回の展示では一番下に配置されている英語のキャプションをしゃがみ込んで読んでいる人を見た。

誰にとっても見やすいというのは難しい。だけど例えばキャプションは来場者がそれぞれのスマホで好きな言語で読めるようにしたり、工芸品なんかは車椅子の人の高さに合わせた展示にしても良いのではないか(立てる人は見たければしゃがめばどの角度からでも見られるわけだし)なんてことを思う。

↑戦後数年間シベリア拘留されていたという香月泰男の「青の太陽」も印象に残った。


美術展を出て同じ上野で開催中の企画展のポスターが並んでるのを見ていると、そのうちの一枚がふと気になった。ピラミッドみたいな、段々の建造物が描かれた絵のポスター。国立西洋美術館で開催中の「チェルリョーニス/内なる星図」という企画展のポスターだった。

「チェルリョーニスって知ってる?」とA子に聞いてみた。すると美術に明るいA子も知らないという。美術館から出て歩きながらスマホで調べると、リトアニアの作家らしい。「リトアニア……?」「……バルト三国しか出てこない」検索して出てきた絵はポスターの絵よりもファンタジックで、精密ながら絵本などに採用されそうなかわいらしさがあった。

スマホで時計を確認すると時刻は夕方4時。まだ間に合うしちょっと気になるから行ってみるか!と、まさかの企画展はしごが決定。ハイボール祭という何を祭っているのかわからない出店で盛り上がっている上野公園を横目に西洋美術館に向かう。涼しいくらいなので外で飲み食べするのもちょうど良さそう。公園内のスピーカーからは3才の女の子が迷子であることが何度もアナウンスされて胸が痛かった。無事見つかってほしい。

西洋美術館のチケット売り場は思ったより人が並んでいてちょっとたじろいだものの、どうやら企画展はチェルリョーニスと北斎がセットになってるらしく、たぶん北斎の人気だろうと納得して列に並んだ。

ところでわたしは放送大学の学生なのでキャンパスメンバーズで企画展1100円だった。ありがたすぎる。

入り口のディスプレイ

さて「チェルリョーニス」展。さっきまで名前も知らなかったチェルリョーニス。それがまぁ、ときめいた。色使いのやわらかさと統一性。ファンタジックな構図から想像する物語。連作から想像するアニメーション。そのすべてが良くて、見に来て良かった……としみじみ思いながら展示室を見て回った。

そこまで混んでないだろうと思ってたのにとくに後半はかなり混んでいて、というかじっくり見ている人が多くてなかなか進まなかった。でもじっくり見たくなる気持ちがすごくわかる。図録はなんと売り切れていた。

タイトル不明

ロシア帝国支配下のリトアニアで生まれ、作曲家として、そしてのちに画家としても才能を開花させ多くの作品を残しながらも病気で36才の若さで亡くなったチェルリョーニス。民族解放運動にも呼応し、リトアニア文化を牽引しながらも、彼自身はリトアニアの独立を見ることはなかった。

タイトル不明

会場にはリトアニアの歴史年表もあって、それを読むと知らないことばかりだなぁと思う。ロシアの圧政に対して蜂起したリトアニア人らが数万人単位でシベリアに強制移住させられてたとか、読むだけで血の気が引く思いがした。超大国ロシアの隣国という立地の悪さ、今のウクライナ問題とも密接に繋がっていてつらい。リトアニアの歴史をもっとちゃんと知りたくなった。

タイトル不明

映画とかでなんかないのかなぁと思って検索したら来月末から公開されるリトアニア映画『MOTHERLAND』がよさそうなのでできたら観に行きたい。

ふたつの企画展ですっかり体が冷えて外に出るとまだ空は明るくて、だけどわたしたちはもう腹ぺこだった。近くの焼き鳥屋さんに駆け込む。

近況、更年期、映画の話、地元の話(同郷)……話が多岐にわたりすぎてもう覚えてないんだけど、人はなぜ生成AIの制作物に拒否感があるのかという話が面白かったな。AIが選択する〈平均〉よりも人が描いたもののほうがリアルに見える、つまりあらゆる認知には〈人の目〉が介在していること。一方で〈人間が作ること〉に価値を置くのも、苦労を買ってる的な意味でマッチョイズムなのではと思ったり。答えのない話をぐるぐると話すのもまた楽し。結局ラストオーダーまでいた。

デモに行ってる話はできなかった。話したところで引くような友だちじゃないのだけど、いまいちきっかけがなくて。少し前に別の友だちに「デモ行ってるよ」って話ができたのは、彼女が政治への不安を話してくれたからだと思う。むずかしいね、話の流れってやつ。そんな頻繁に会うわけじゃないんだから言えば良かったなぁと思ってる。飲み過ぎたなぁと思いながら帰宅。楽しい週末でした。

焼き鳥5本セット

@hinata625141
感想文置き場。たまに日記。