ずっとこんな物語が見たかった『SHUT UP』

hinata625141
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自由になりたい

自由になりたい

自由になりたい

わたしはいつか

そんなモノローグとともに、水平線の少し上にある太陽に重ねるように伸ばした手をアップで見せるシーンで物語は幕を上げます。

自由になりたい

お金がないとか時間がないとか

女であるとか

わたしはその全部から

自由になりたい

たとえそれがどれだけ遠くにあるのだとしても

手を伸ばしても届かないのだとしても

そしてこの最後のモノローグの後、望まぬ妊娠をした友人の中絶費用のためにパパ活に手を染めるヒロイン・由希の手をつかもうとする男性の手のアップからのブラックアウト。それが一話のラストカットでした。そんな初回の構成が美しく、一気に物語に引き込まれました。

主人公は大学生の由希。大学の古い寮に住みバイトを掛け持ちしてしている苦学生です。同じ寮に住む恵、しおり、紗奈も似た境遇で四人は仲良く助け合いながら生きています。ところがある日、恵の妊娠が発覚します。相手は名門大学のインカレサークルの会長である鈴木悠馬でしたが、彼は父親が自分かどうかわからないと鼻で笑って中絶費用負担を拒否します。初期の中絶手術が受けられるのはあと三日しかない。由希たちは三人で中絶費用20万円を稼ぐためパパ活を始めることに……というのが物語の導入です。

パパ活なんて危ないから誰か頼れる大人を探して相談してほしい、大人から見るとどうしてもそう言いたくなる。だけど彼女たちは自分たちでなんとかしなきゃって思い込んでしまいます。彼女たちはまだ二十歳前後。たくさん失敗もするし、上手いリカバリ策を知ってるわけではない。知ってる情報にもムラがある。見た目は大人でも、まだまだつけ入る隙のある存在、つまり守られるべき存在ですよね。なのに「自己責任」という嫌なワードが染みわたったこの社会で育った子どもたちは助けを求める声まで律してしまう。それでも由希たちは「恵が自分の体を自分の意志でどうするかその自由だけは守りたいって思った、どうしても」。そして彼女たちは坂道を転げ落ちるように窮地に陥ってしまいます。

パパ活、盗撮、マルチ……お金のない若い女の子を搾取しようと待ち受ける社会のトラップの多さに絶望してしまいそうになりますが、この物語は絶望の先に小さな希望を見せてくれます。性的同意について知ること、語ること、そして声を上げることを、このドラマは描きます。

女性警官の紹介で性暴力被害者のケアや性的同意について考える自助グループと繋がったことで、恵は自分の経験したことは性被害であったことを初めて知ります。家について行ったから。お酒を飲んでたから。スカート履いてたから。きっぱり拒絶できなかったから。自分の落ち度を並べ立てる恵に、「あなたは悪くない」「同意のない性行為はすべて性暴力です」ときっぱり言ってくれたことに泣きました。

「絶対に許しちゃいけないことってあると思う」と悠馬の恋人の彩が、「もう見なかったふりはしたくない」と悠馬の幼馴染の伊月が、覚悟を持って由希たちサイドに付きます。単純に「裕福な学生」と「貧乏な学生」で線を引かなかっただけでなく、悠馬を中心とした「裕福な学生」側にもそれぞれのキャラクターに奥行きが見えました。

もちろん物語の中心は女性たちの連帯なのですが、そこから男性を排除しなかったのがこのドラマのとても良いところだと思います。伊月だけでなく、由希と仲の良い陽太という同級生もまた、最初から最後まで由希に寄り添う友人として描かれました。また悠馬の取り巻きであるタケル(外部生)の目線が男性内でのヒエラルキーを現してたのも印象に残ってます。

女性を消費する、貶めることを楽しむカルチャーは結局男性側の意識が変わらないと解決しない問題です。容姿の良い女学生を権力を持つ社会人男性に献上しながら、「女はいいよなー人脈広げて小遣いもらえて」と揶揄する男子学生たちの根深いミソジニーを描くこと、その一方で髪についたゴミを取るために触れるのにも同意を取る陽太のような男の子を描くこと。その強いコントラストに制作側の願いも感じました。

ちなみにこのドラマのタイトルでもある「黙れ」という言葉を放ったのは陽太でした。もちろん相手は由希ではありません。由希を貶める人間たちに対してです。「傷つけられた人が直接戦わなきゃいけないわけじゃない」というセリフにも胸が熱くなりました。

客観的な証拠の出にくい性暴力の告発にこのドラマは挑みます。黙っていたほうがきっと楽なのに、それでも勇気を振り絞って声を上げた人の声を潰さない社会でありますように。そんな祈りと希望が見える最終回でした。

そして最終回では由希たち4人に加え、悠馬の恋人であった彩も加えて5人の仲間となっていたことも胸熱でした。生きてきた世界の違う女の子同士でも友だちになれる。そんな光景は希望です。そして悠馬の幼馴染の伊月が一貫して被害者サイドに付いたのも、悠馬から見れば裏切りにも見える伊月の行動は実はまっとうで、ほかでもない悠馬のためであったように見えました。『虎に翼』(2024)で轟が花岡を叱り飛ばしたことを思い出します。大事な友人(好きな人)が道を踏み外したとき、自分は正しく反応できるだろうか、考えさせられます。

また、このドラマは「中絶」や「生理」を正面から描きました。「中絶」は産婦人科がテーマのドラマでは出てきますが、それ以外のドラマでは昔に比べると見なくなったなぁとこのドラマを見て気づきました。もちろん楽しいテーマではないですが、望まない妊娠が当事者の、おもに女性の人生をどう追い詰めてしまうのか、そのことはあまりタブー視せずに描いてほしいなと思います。誰もが当事者になり得るのだから。「中絶」は選ばなかったものの、高校生の妊娠を描いた『あのこの子ども』(2024)というドラマもこのテーマに真摯に向き合っててよかったです。

「生理」については、それこそ初回の冒頭から、生理用品が高くて買えない、キッチンペーパーで代用して漏れた、夜用で一日持たせる、みたいな会話が出てきて心がズーンと沈みました。生理用品なんてトイレットペーパーくらい安くするか、インフラとして公共のトイレでは無料で使えるようにしてほしい。生理なんてほんとうにどうしようもないことなんだから、誰にもこんな思いしてほしくないと、つくづく思います。

役者さんもみんなよかったのですが、やっぱり主演の仁村紗和ちゃんは本当に最高でした。大切なものを守る意志の強さと、それでも不安に揺れる若さのどちらもリアリティがあって得難いキャラクターになってたと思います。ますます大好き。

そして悠馬を演じた一ノ瀬颯さん、上昇気流に乗った若手俳優さんだろうにこんな完全なる悪役引き受けてくれてありがとう〜(泣) 君は日本のベン・ウィショーだ…! フェミニズム作品に出演してくれる男性俳優さんは推します!

そして自助グループの代表として性的同意と性被害について正しいメッセージを伝えてくれる高梨さんを演じた野呂佳代さん!『ブラッシュアップライフ』に続いて思い入れのあるドラマに出てくれて嬉しいです! そんな高梨さんの最後のセリフ、「性的同意、とても大切な人権の話です」はすべての人の脳に直接刻みたいですね!

性暴力や女性の貧困など社会派なテーマに復讐劇のツイストも加わり、そして最後は#MeTooに着地するという、ちょっと他では見たことのない、チャレンジングかつ啓蒙的な作劇でびっくりしました。そしてそれを誰でも見られる地上波で流した意味は大きいと思います。このドラマ、もしかして日本における#Metoo をメインテーマにした最初のドラマなのでは…? 立場の弱い人、若くて貧しい女性、そんな人たちが声を上げ、それが身近な世界を変えていく、そんな物語が地上波ドラマとして制作されたことが本当に嬉しいです。

告発には意味があると伝える、被害者を勇気づける、こんな物語が見たかった。

制作に関わったすべての人達に感謝します。彼女たちが、そして誰もが自由でいられる社会を目指したいですね。

@hinata625141
感想文置き場。たまに日記。