トオノ小鳥店のニホンザル

渡邉裕之
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 今でも住んでいる家から、歩いて2、3分のところに、昔、小鳥を売っている店があった。屋号はトオノ小鳥店。そこで十姉妹を小さい頃、買ってもらったことがある。文鳥なども売っていた。昭和30年代、この国でも中国人のように小鳥を飼う楽しみが一般的だったのだ。その小鳥店の片隅にニホンザルが飼われていた。そのサルは店内にいるのではなく、通行人から見えるように格子が入った外の場所にいた。街路から見ると小鳥店の隅には、小さな祠のようなものがあり、そこに仏像の代わりに大きな体のニホンザルが座っていた。娯楽がそんなにない時代だったから通行人がよく足を止めていた。

その中の幼児がよくサルに掴まっていた。私も小さい頃、二、三度そうされた。どういうわけか正面からではない、背中を鷲掴みにされるのだ。4、5歳の子供にとっては恐怖体験のはずだが、そのような体感は残っていない。覚えているのは服の背を掴まれ後ろに引っ張っていく動物の腕の強い力だ。

「格子の中からサルは、居並ぶ自分たちのことをどう見ていたんだろうね?」

久しぶりに兄と呑む機会があった。昔の話をすると面白い。3歳の違いがいいのだ。あのサルの話になった。タローという名前だったという。これは知らなかった。そんな顔をすると老人になっている兄は得意そうに話をする。「ふと見ると、タローが煙草を吸っていたんだよ」「すごい! しかし悪い奴がいるのだな、通行人の誰かが教えたんだ」「うまそうに吸うんだ」

トオノ小鳥店はすでになく、跡地にはマンションが建っている。一階にはコインランドリーがあって、私は毎朝30分だけ、清掃のアルバイトをしている。もう7年か。結構楽しい仕事だったが今年になってちょっと気分が暗い。クレイマー出現だ。森山未来みたいな顔をした若い女性の客で、年寄りの仕事の仕方が気に食わないらしく、気に触るとすぐに管理会社にメールをする。

「ちょっと気分が悪くなった仕事の最終作業は、タローが座っていたあたりの窓拭きなんだよ。ガラスをキュッ、キュッ、キュッとね」

@hirohut
渡邉裕之〇季刊「社会運動」(市民セクター政策機構)の編集者。社会的連帯経済をテーマにした雑誌です。 東京・大森の自宅で、ことばの寺子屋「かえるの学校」主催。 単著に、戦後の転用住宅を扱った「汽車住宅物語」(INAX出版)、共著に浜辺の仮設建築をテーマに「海の家スタディーズ」(鹿島出版会)。 ドブ川沿いに生まれ育ったこともあり、水辺系建築物の幾つかの本の出版にも関わっています。