Dive Clubで公開されたClaudeの1人目デザイナー Kyle Turman氏の『Designing Claude and collaborating with AI』が大変よかったので日本語翻訳を自分用にメモ。(動画文字起こしをChatGPTに翻訳)
タイトルに「AI」とか「Claude」とか入れると注目されそうだったので、まったく注目されなさそうなタイトルにしました笑
こんにちは、「Dive Club」へようこそ。私はホストのRid。ここは、デザイナーが学び続けるための場所です。今回は、Anthropicで最初のフルタイムデザイナーとしてClaudeの立ち上げに関わったKyle Turmanさんをお迎えしました。AIプロダクトのデザインに関心がある方には、必見のエピソードです。
KyleさんがどのようにしてAnthropicで働くことになったのか、その経緯から見ていきましょう。
彼はある企業で6ヶ月間働いたものの、数ヶ月が過ぎた頃に「自分の居場所じゃないな」と気づいたそうです。これは、「この会社がダメだ」という話ではなく、「自分には合わない場所だった」というだけのこと。その違いに気づくマインドセットを、彼はここ数年で身につけるようになったと言います。音楽を聴いたときやアートを見たときでも、「これは良くない」と決めつけるのではなく、「これは自分の好みじゃないな」と思えるようになった。それで十分なんです、と。
とはいえ、Slackという大好きだった会社を辞めて、リスクを取ってスタートアップに移ったことがうまくいかなかったときは、やはり大きな挫折感を味わったそうです。その直後、彼は完全に混乱してしまい、一時期はなんと12社と同時に面接を受けていたほど。ストレスは相当なものでした。
でも、パートナーの支えもあって、一度立ち止まって「今、本当に自分がしたいことは何だろう?」と自問しました。そして頭に浮かんだのは、「また何かを作ること」。当時はデザインディレクターやVPといったポジションでの面接が多かったのですが、そうではなく、純粋にものづくりを再開したんです。趣味のようなサイドプロジェクトをいくつか始めました。
そのうちのひとつは、友達同士が気軽に集まれるアプリ。結局は完成には至らなかったそうですが(ADHDのせいで、と笑って話しています)、その過程で、別のスタートアップと出会いました。彼の友人がその会社を紹介してくれて、「ちょっと2〜3週間だけ、契約で手伝おうかな」という軽い気持ちで関わったそうです。
その仕事がとにかく楽しくて、夢中になってデザインしました。彼らにはデザイナーがいなかったので、彼が一気にデザインの基盤を整えました。すると「これだけで半年は回せそう」と言われたほど。
この経験から、彼はフリーランスとしていろんな会社と関わる働き方が自分に合っていると確信し、「よし、もう一度フリーランスとしてやっていこう」と決めます(実は10年前にもフリーランスをしていたそうです)。
その後の夏にはいくつかのクライアントを持ちつつ、楽しく仕事をしていました。そんな中、友人のJulius Tarnが「Anthropicっていう会社でフリーランスしてるよ」と教えてくれました。Kyleさんは以前からGPTなどのAIに関心があり、Anthropicのミッションに強く惹かれました。
彼らは、AIの未来について真正面から課題意識を持って取り組んでいて、当時はまだ今ほどAIが話題になる前でしたが、「この方向性は正しい」と感じたそうです。そして、「面白そうな会社だな」と思って応募し、面接を受けます。ところが——落ちたのです。
実はこのとき、Kyleさんが「本気で入りたい」と思って受けた会社に落ちたのは、キャリアで初めての経験だったそうです。とてもショックだったし、謙虚な気持ちにさせられたと語っています。
彼が応募していたのはマネージャー職でしたが、「この会社の人たち、みんなすごく好きだったな」「この会社のことはまだ諦めたくない」と思い直し、採用担当者にこうメッセージを送ります。
「今回はマネージャー職は不採用とのことでしたが、次の人が見つかるまでの間、個人契約でインハウスのデザイナーとしてお手伝いできますよ」
それが、自分の理想だった「フリーランスとして自由に働く」というスタイルとも合致していたため、「2〜3ヶ月だけ関わってみよう」と軽い気持ちで始めたそうです。
ところが、Anthropicで働き始めて1週間後、会社から「ねえ、このままずっといてくれない?」と言われます。本人は「ずっとって(笑)」と戸惑いつつも、「とにかく楽しいし、チームの人たちも本当に素晴らしい」と感じていたので、正式にオファーを検討することに。そして最終的にはAnthropicの“最初のプロダクトデザイナー”としてフルタイムで加わることになりました。
当時のClaude(クラウド)の状態はというと、「Claude 2」が出たばかりの時期でした。とはいえ、まだまだ荒削りで、GPT-3の初期と同じように、ちょっとしたデータ分析ができたり、興味深いコンテンツを生成したりすることはできたけれど、出力にブレが多く、いわゆる“幻覚”(事実と異なる回答)も頻繁に起こっていたそうです。
特にClaude 2.1は、安全性を重視しすぎたせいで、あらゆるリクエストを断る“優等生すぎるAI”になってしまったとも言います。
KyleさんがAnthropicに入社した初日、オフィスには「Anthropic」と書かれた看板すら出ていなかったそうです。オンボーディングのグループも小規模で、6人くらいだったとか。その日の終わり、数時間だけ時間が余ったので、彼は当時の採用担当でありエンジニアリングマネージャーに「何をしたら役に立てますか?」と尋ねました。
すると返ってきたのは、「ちょうどClaudeに課金機能を追加しようとしているところなんだ」という話。Claude.aiがローンチされたばかりで、有料プランを導入して、より多く使えるようにし、収益化の道を探っていたタイミングでした。
そこでKyleさんは、決済の全フローをデザインし、確認画面のアニメーションなども作って、わずか4〜5時間で仕上げてしまいます。そして「さて、次はどうやってレビューもらうんですか?」と聞くと、なんと「え、君、コード書けるんでしょ?じゃあもう作っちゃって」という返事。
レビューもテストもなく、いきなりコーディングに入ることに。そしてその機能は、翌週には本番環境にリリースされました。
それ以降も、フロントエンドの開発をBrianという優れたエンジニアと一緒に進め、クレジットカードの変更やキャンセルなど、決済まわりの一連の機能をすべて1週間ほどで完成させたそうです。しかも、この機能は実際に多くの収益を生み出す仕組みになっています。
「まさに最初のプロジェクトにしては大きすぎるほどだったけど、最高に面白かった」と語ります。
当時は、デザインシステムなんて影も形もありませんでした。だからKyleさんが、自らFigma上に再利用可能なコンポーネントを作り、Reactでも同様のコンポーネントを整備していったそうです。Claude Proのような新しいプランを出すときには、UIのデザインはもちろん、フロントエンド実装、マーケティング素材、SNS用のバナー、ネーミングの検討まで全部一人で担当。
「たとえば"Claude Plus"とか"Claude Extra"って名前にすべきか?と議論して、結局"Claude Pro"に決めたりとか。秒単位でCSSのピクセルを調整した直後に、ブランド戦略の会話をしていたり。本当に毎日やることの振れ幅がすごかったですね。」
スピード感はすさまじく、確かにストレスもあったけど、それ以上に「今までで一番楽しかった」とも話しています。なぜなら、「あらゆることに関われたから」。
Kyleさんは、「Figmaで作ったデザインって、Figmaの中にとどまっていたらユーザーには絶対に見られない」とも言っています。実際、彼が当時デザインしていたものは“コードにするために必要最低限のワイヤー”のようなものが多く、「その先は全部コードで仕上げてた」とのこと。
他のデザイナーがチームに加わり始めてからは、共同作業のためにFigmaをもっと使うようになったそうですが、それまでは「とにかく手早くコードに落とし込めること」が重要だったため、Figma上のデザインは途中で止まっているものも多かったとか。
当時のKyleさんにとって、「スピード」はすべてに勝る要素でした。特に立ち上げ期は、アイデアを検証する余裕も、ユーザーテストをする時間もなかった。「この機能は絶対に必要。いますぐ作って」という感じだったので、Figmaで細かく詰めるより、すぐコードを書いた方が圧倒的に早かったのです。
「デザイナーってよく“デザインはFigmaの中で完結する”って思いがちだけど、実際にユーザーに触れてもらうのはプロダクトなんですよね」と彼は語ります。Figmaの中だけで完璧にしようとするより、早く動くものを出して、改善を重ねる方が意味がある——それが彼の初期の信条でした。
また、AIプロダクトの設計において面白かったのは「非決定的(non-deterministic)であること」。つまり、出力結果が毎回違うという点です。これが、通常のソフトウェアデザインと大きく異なる難しさであり、魅力でもある。
たとえばチャットUI——昨年は多くの人が「チャットUIは古い」「新しいUXを探すべき」と言っていました。でもKyleさんは違います。
「チャットUIがここまで広まったのには理由があるんです。誰でも入力欄に文字を打つことはできる。特別な知識がなくてもAIを使える。その意味で、これはすごく包括的で優れたインターフェースだと思います」
もちろん、AIに「何でも聞いていいよ」と言われても、それが逆にプレッシャーになるケースもある。「洞窟に入って、100フィート先に座ってる魔法使いに“なんでも聞け”と言われるようなもんだ」と彼はたとえています。だからこそ、「何を聞いたらいいかわからない人」に寄り添う設計が求められるわけです。
彼は「Claudeが人と一緒に働く“仲間”のように感じられるようにしたかった」と話しています。人を置き換えるのではなく、人を助ける存在として感じてもらうために。だから、レスポンスのフォントはあえてセリフ体(SIF)を採用しました。歴史的に長文を読むときにはセリフ体が使われてきたという背景があり、「落ち着いた印象」や「信頼感」を演出できると考えたからです。
UIの背景色も、冷たい白ではなく、ほんのりベージュにした。これも「温かみ」や「安心感」を意識しての判断です。
これらの決定は、ユーザーインタビューやABテストを経たわけではなく、“その場の感覚”やチーム内での直感的な議論から生まれたものでした。しかし、その多くは今も製品の中に残り、人々の記憶や感情に影響を与えているのです。
KyleさんがAnthropicに入った頃、プロダクトチームはまだ5人ほど。会社全体は200人規模で、その多くは研究職でした。それでも驚くのは、当時すでに「信頼と安全(Trust & Safety)」のチームが存在していたこと。これは多くの企業では、プロダクト開発の後になってから考慮されることなので、極めて珍しい事例です。
彼はまず、「この会社における“安全”って、具体的にどういう意味なんだろう?」という問いを掘り下げ始めました。AIによる長期的なリスクだけでなく、現在進行形で起こりうるユーザーへの害も視野に入れて設計を行う必要があったからです。
Anthropicでは、「ignite a race to the top(上を目指す競争を始めよう)」という価値観があり、「安全性や倫理を犠牲にしなくても、素晴らしいことは実現できる」という姿勢を貫いています。CEOのDario氏が書いた「Machines of Love and Grace(愛と優しさの機械)」というエッセイでも、「光(希望)を語るには、影(リスク)も直視しなければならない」と述べられており、それがチームの共通理解になっているそうです。
またKyleさんは、「安全とは動詞ではない、“状態”なんだ」とも言います。そしてそれを体現するためには、「信頼(Trust)」という感情を育むことが重要だと考えました。
彼とブランドデザインを担当するEverett氏は、しばしば「人にどう“感じて”もらいたいか」を話し合ったそうです。これは、デザインの場でよくある“ジャーニーマップで感情をプロットする”といった話より、もっと根源的なレベルです。
たとえば—— 朝、お湯を沸かすためにケトルのスイッチを入れたとき、「カチッ」という感触と音が、ほんのわずかに心を落ち着かせる——そんな感情が、無意識のうちに1日を通して波及していく。それと同じように、UIの細かな選択も、ユーザーの感情に静かに影響を与えるのだと。
Claudeに込めた「人間らしさ」や「安心感」の多くは、そうした繊細な感情設計の積み重ねです。
彼らは、Claudeという存在を「ただのツール」に留めず、「人と共にある存在」としてデザインしようとしました。ブランドの象徴として採用した“スパーク(火花)”のロゴは、「創造性の火花」や「想像力の始まり」といった意味を込めたもので、その曲線やセリフ体のロゴデザインも、どこか古典的で人間的な印象を与えるよう意図されています。
もちろん、全員がそれに共感するわけではなく、SNSでは「UIがダサい」「目が痛くなる」といった辛辣なコメントも届くそうです。
「でもね、誰かに“すごく好き”って思ってもらえるものを作るには、何人かに“嫌い”って思われる覚悟も必要なんです」と彼は言います。「最大公約数的なものばかり作っていたら、誰にも刺さらないものになってしまう」
「デザインは芸術じゃない」と言い切る人に、Kyleさんはかつて出会ったことがあるそうです。その人は「デザインは目的を持った問題解決であり、芸術とは違う」と強く主張していた。でも、Kyleさんの考えはもう少し複雑です。
「僕は、デザインは“芸術でもあり、芸術でないもの”だと思ってる。だって、どんなプロダクトにも、作り手の個性や意思が、どうしてもにじみ出るものだから。もしそれが一切感じられないとしたら、それはあまり良いものじゃないんじゃないかな」
自然界のものとは違って、人が新たに何かを創り出すときには、意識的に形を与え、意味を込める必要があります。そしてそのプロセスには、必ず作り手自身の価値観や感情が反映される——それはもう“表現”の一種だと。
もちろん、かつてのデザイナーの中には「自分の作りたいものを作る」という姿勢が強すぎて、「ユーザーなんて関係ない」と開き直っていた人もいた。でも、ユーザー中心設計(HCD)が広まって以降、私たちは逆に「ユーザーの声だけが正しい」と盲信してしまうような極端なバランスに陥ってしまったとも感じているそうです。
「本当は、その両方が必要なんですよね」とKyleさんは言います。
たとえば、管理画面に出てくるシンプルなフォームひとつにも、「ほんの少しの自分らしさ」を込めることができるし、そうすることで仕事が“楽しい”ものになる。それが、結果として品質にもつながる。
彼はこうも言います:
「人は“自分が楽しんでやっている仕事”の方が、絶対にクオリティが高くなるんです。」
ClaudeのようなAIプロダクトは、決まった答えが返ってくるわけではありません。そういった「非決定的」なものをデザインする経験は、Kyleさんに大きな転換をもたらしました。
彼はこう語ります。
「以前はFigmaの細部にすごくこだわっていたんですが、あるとき気づいたんです。“ユーザーが見ないなら、そのディテールに意味はあるのか?”って。」
この視点に立ってからは、「何がユーザーにとって本当に価値があるのか?」を判断軸に、デザインの優先順位を決めるようになったそうです。
特にスタートアップの初期段階では、「何が会社全体にとって最もインパクトがあるか」を見極めて動く必要があります。細かいピクセル調整よりも、まずは本質的な体験を形にする方が大事。そういった中で、彼は次第に「デザインとは“人を助けるためのもの”」という意識を強く持つようになります。
Anthropicでは、「Helpful(役に立つ)」「Honest(誠実である)」「Harmless(害がない)」という3つの行動指針を掲げています。その中でも彼が特に大切にしているのが「Helpful」——つまり、「人の力になる」こと。
「デザイナーって、誰よりも“ドキュメントの一文”を“触れるもの”に変えられる存在なんです。ボタンを作り、動きをつけ、実際に使えるものに変えていける。それって魔法みたいなことだと思いませんか?」
AIプロダクトにおいては、「何ができるか」があまりに広すぎるため、逆に「どう使えばいいのか」が分かりにくいという課題があります。「何でもできる」は「何をしたらいいか分からない」と同義でもあるのです。
「AIに話しかけるのって、洞窟に入って、遠くにいる魔法使いに“好きなことを言っていい”と言われるようなものなんです。ワクワクもするけど、正直こわいですよね。」
だからこそ、チャットUIは優れている、とKyleさんは考えます。 誰でも入力ボックスに文字を打てばいい。それだけで使い始められる。
しかも、AIは一回で完璧な答えを出せるとは限らない。むしろ、2回、3回とやり取りする中で、ようやく「いい感じのアウトプット」が生まれてくる。つまりチャットUIは、本質的に「反復」と「対話」に向いているのです。
彼は言います:
「何百ものUIパターンを試して、ユーザーにも見せてきました。でも最終的に、“やっぱりこれが一番いい”という結論に至るんです。」
Kyleさんは、AIと対話するスキル——つまり「プロンプトエンジニアリング」こそが、これからのデザイナーに求められる新しい能力だと考えています。
たとえば、あるプロダクトの構想がチーム内で持ち上がったとき、まず彼がやるのは「このアイデアって、AIで実現可能なのか?」を確認すること。
「完璧なUIをFigmaで作っても、AIの側がそれに応えられなければ意味がないんですよね。」
過去には、理想的なUXフローをデザインして、「よし、これでいける」と思ったあとにAIモデルに試してみたら、うまくいかなかったこともあったそうです。 そこで学んだのが、「デザインの出発点は“モデルができること”から考える」ということ。
彼はこの考え方を、こう例えています:
「たとえば普通のSaaSプロダクトなら、API経由でデータを取ってくる。でもAIとの開発は、“APIにリクエストを投げて、答えが返ってくるかどうか祈る”みたいなもの。普通はそんなやり方しませんよね。でもAI相手だと、そうなるんです。」
この「不確実性」とどう向き合うかが、AI時代のデザイナーの腕の見せ所でもあります。
Kyleさんは、プロンプトの改善にもClaudeを活用しています。たとえば、意図通りの応答が得られないときには、そのプロンプト文をClaudeに渡し、「ここがうまくいかない」「こういう応答にしたい」と相談して、より良い表現に書き直してもらう。まるでデザインレビューのように、Claudeと“会話しながら”プロンプトを育てていくのです。
また、あるとき彼は、親向けのアドバイスを生成するプロジェクトを試していたのですが、出力される内容がどうにも浅くて納得できなかった。そこで、Claudeにこう伝えました:
「あなたは今、疲れていて注意力も限界。でも子どもには最高のことをしてあげたいと願ってる親です。そんな状況を想像してアドバイスを出してみてください。」
すると出力がガラリと変わり、「ようやく人間らしい、共感のあるアドバイスが出てきた」と言います。
これは人間に説明するのとまったく同じです——「文脈を与えること」。 Kyleさんは、Claudeを“13歳の子どもで博士号を3つ持っているけれど、ちょっと空気が読めない相手”として接していると言います。
現在のAnthropicは1000人を超える規模になり、プロダクトチームだけでも100人近くにまで成長しました。そこでKyleさんが改めて感じているのは、会社の非効率の原因の多くは「人と人との認識のズレ」や「信頼の欠如」からくるものだということです。
「コードが書けるかどうか、デザインが作れるかどうかよりも、“チーム内で本当に理解し合えているか”の方が、圧倒的に効率に影響するんです。」
Kyleさんは最近、Claudeを「チームメンバーとの認識の橋渡し役」として活用するようになりました。
たとえば—— 彼はあるメンバーとどうしても意見がかみ合わない場面に直面していました。相手は同じことを何度も繰り返し主張し、なかなかKyleさんの提案に心を開いてくれません。
「何が引っかかってるのか分からなくて、すごく悩んでいたんです。」
そこで彼は、Claudeに状況を説明し、「自分の考えをどう伝えれば相手に響くと思う?」と相談。Claudeの提案通りの言葉を、ほぼそのまま使って会話に臨んだところ、相手の反応が一変。すぐに状況が解決に向かったのです。
「そのとき思ったんですよね。自分は、相手の立場や感情をちゃんと理解できてなかったんだって。」
ClaudeのようなAIは、感情的なバイアスに左右されず、相手の視点を冷静に提示してくれる。だからこそ、「自分の思考そのものをアップデートする道具」として非常に役に立つと感じているそうです。
さらに彼は、チームメンバーの性格や価値観を記録した「パーソナルプロファイル」をいくつか作成し、それをClaudeに読み込ませたうえで、「この人にどう伝えたら伝わるか?」をシミュレーションさせる——そんな使い方まで実践しています。
Kyleさんは、「AIとのやり取りが“感情的な体験”になる瞬間」に強く関心を持っています。
たとえば彼が病院にパートナーを連れて行ったとき、非常に不安な状況の中でClaudeに相談をしたそうです。そのときClaudeは、ただ情報を提供するだけでなく、やり取りの最後にこう聞いてきました:
「次に何が起こりそうか知りたいですか? それとも、お医者さんに聞くべき質問をまとめましょうか?」
この「問いかけ」は、ただの情報提供とは全く異なる体験を生みました。Kyleさんはそれを「まるで人間のように寄り添ってくれた」と感じたのです。
「この小さな工夫だけで、AIとの関係が“会話”になったんですよね。ただ答えを受け取るだけじゃない。“続きを聞いてみたい”って思わせるデザインです。」
しかもこれは、インターフェースの色やレイアウトの話ではありません。ピクセルには現れないけれど、確かに存在する「ユーザー体験の質」の話なのです。
UXデザイナーとして、Kyleさんはここに大きな可能性を感じています。
Anthropicには、ユーザーリサーチを専門とする優秀なリサーチャーがいて、「ユーザーは何を求めているのか?」「どんな時に共感を覚えるのか?」といったことを深く掘り下げています。そうした洞察をもとに、モデルの挙動そのものを“人間らしく”設計する取り組みが行われています。
インタビュアーが「こういう体験の設計って、まさに“見えないデザイン”の好例ですよね」とコメントすると、Kyleさんはうなずきながら、こう続けます。
「そう。私たちがしているのは、UIの色や形を決めることじゃない。ユーザーが“どう感じるか”を考えることなんです。」
そして彼は、今後のデザイナーに必要なのは「思考の拡張」だと語ります。 ただプロトタイプを作るだけでなく、チームの意思疎通、感情の理解、そして状況に応じた最適な導き方まで含めて設計できる力。AIと共に働くことで、それはますます重要になるだろうと。
「Claudeを通じて、僕は人間関係に対する理解も深まったし、自分の思考回路さえ書き換えられたように感じてます。」
それはもはや「ツール」というより、「自分自身をより良くする補助輪」のような存在。そして、それがもたらす本質的な変化は、コードが書けるようになることよりもずっと深いと感じているそうです。
ここで話は、「デザインの未来」という大きなテーマに移っていきます。
Kyleさんは、かつてSlackやDropboxといった大企業でデザインに関わってきました。けれど、そこでは「設定メニューの中の、4クリックしないとたどり着けないボタン」だけを何年も担当するような環境もあったと言います。
「若手デザイナーが、そういう仕事ばかりでキャリアを積んでいくのって、やっぱりもったいないと思うんです。」
本来、デザインとはもっと広く、人の生活や感情に影響を与える“力”のある仕事。ボタンやレイアウトだけでなく、「何をつくるべきか」という問いに答えることこそが、デザインの本質です。
そこで話題は「美意識(taste)」へと向かいます。
「“美意識がある”って、何か高尚で偉そうに聞こえるかもしれない。でも僕にとってのtasteって、“世界が何を求めているのかを感じ取って、それに応える力”なんです。」
美しい建築やアートが人の心を動かすのは、それが人間の願いや感情に寄り添っているから。デザインも同じで、ただ機能すればいいわけではなく、「そこに意味や喜びがあるか」が問われるのです。
「じゃないと、僕らがこの仕事をする意味って何なんだろう、って思うんですよ。」
Kyleさんは、ソフトウェア開発の今後に大きな希望を抱いています。
それは、「AIによってソフトウェア開発が安価になっていくことで、これまで“ビジネスにならない”とされてきたようなニッチな課題にも、プロダクトが作られる時代になる」ということ。
「以前は“ベンチャー投資のリターンが見込めない”って理由で、解決されなかった問題が山ほどある。でも今は、もっと小さく、深く、個人に寄り添ったプロダクトを作る余地がどんどん広がっているんです。」
つまり、少人数のデザイナーでも、限られたリソースで価値のあるものを届けられる時代が来る。そしてそのときこそ、「自分の信じるものをゼロから形にしていく経験」が、より多くのデザイナーに開かれていくと。
「僕がAnthropicで最初にやったような、アイデアの“種”からプロダクトを育てる経験を、もっと多くの人が味わえるようになると思います。それって、めちゃくちゃ楽しいし、誇れることなんです。」
一方で、Kyleさんは「多くのプロダクトが“やりすぎてしまう”こと」への危機感も抱いています。
「必要以上に多機能になって、自分たちが何者なのか分からなくなるサービスって、めちゃくちゃ多いんです。」
そうなってしまうのは、多くの場合ベンチャーキャピタルからのプレッシャーや、成長しなければならないという外圧によるもの。でもKyleさんは、「全部を目指す必要はない」と強く言います。
「あるサービスは、“ただのメッセンジャー”で良いんですよ。それだけで十分。それ以上は、やらなくてもいい。」
そして話題は、ソフトウェアにおける「手触り」や「作り込み」に移ります。
「たとえばLinearのようなアプリは、本当に“履き心地の良い靴”みたいな存在。余計なことはせず、必要なことを丁寧に、上質に仕上げている。そういう潔さには、すごく惹かれます。」
Kyleさんは、そうした「過剰にならないこと」「焦って広げすぎないこと」こそが、これからの時代に求められる価値観だと考えています。
Kyleさんは、今でこそ「やりたい仕事をやれている」と話しますが、そこに至るまでには多くの葛藤もあったと言います。
「僕もこれまで、やりたくない仕事をたくさんやってきました。だって、それで生活しなきゃいけなかったから。」
彼は、アメリカの田舎で育ち、食料支援(フードスタンプ)を受けていた家庭環境で育ったそうです。そんな彼にとって、デザインという仕事は「人生を変えてくれたもの」。そして今、ようやく「本当にやりたいと思えること」に取り組めるようになったと語ります。
「だから僕は、他の人にも“自分が信じられるものを作る”という経験をもっとしてほしいんです。心から誇れる仕事を。」
Kyleさんは、デザインを単なる“作業”や“タスク処理”として捉えてほしくないと言います。むしろそれは、「世界とどう関わるか」「誰に何を届けるか」を考える行為であり、ひとつの「生き方」そのもの。
「だから僕は、デザインの話をするときに“感情”を抜きにして語ることができないんです。」
デザインには、“なぜそれを選ぶのか”という背景があり、意志があり、感覚がある。それらすべてが「ユーザーにどう届くか」に影響する。そしてその結果として、「使ってくれる人の人生が、ほんの少し良くなる可能性がある」。
それこそが、デザインの価値であり、AIがいくら進化しても代替しきれない、人間ならではの役割なのだと——。
インタビューの最後に、ホストはこう語ります。
「Kyleさんが“感情”をすべての判断に組み込んでいるところが、本当に印象的でした。それが、Claudeというプロダクトの佇まいにも、確かに現れていると思います。」
そしてKyleさんは、「これからももっと“意味のあるもの”を作っていきたい。そうやって、より良い未来を形づくる一端を担えたらうれしい」と語って、このロングインタビューを締めくくりました。