iPadを新調した。正確に言うとバッテリーの交換だが、iPadは分解できないので、同じモデルの新品に交換される。iPad Pro 2017 ver.とかいうApple Pencilがカブトガニになってしまう最後のPro機種という残念な代物を、特に性能的に不満はないため(またお金もないため)、2024年になって新規で続投してしまった。10年は使う気概でいる。
また、TEATORAのデバイスコートと、SIGMA fp をもっと使いたいというのもあって、全てをポケットに詰め込んで散歩にでかけた。(このとき本当にすべてを詰め込んでいたので、正直ドラえもんとタメを張れる自信がある。)
私は電車の中で漫画を読むのが好きである(ただし通勤電車を除く)。好きすぎて、それ以外で腰を据えて漫画を読めないほどである。そのため、積読された漫画を読みたいと思ったので、遠出することにしたのが、今回の散歩の出発点だった。
ちょうど多々良沼に行ってみたかったのと、電車でゆったり揺られたかったので、片道2時間半~3時間かけて、群馬県館林に向かった(ただし、館林には行ったが、結局多々良沼には行かなかった)。
線路がすっと伸びている風景が気持ち良い。
鉄塔。21:9の縦撮りをすると、迫力があって良い。
ターゲットバードゴルフをご存知だろうか? 私は今調べて知った。ご老人がバドミントンの羽をゴルフバッドで打っていて、おもしろいゴルフだなと思って写真を撮った。パターゴルフと違って、狭い場所でも思いっきりスイングできるのが良いところだとか。地面がガタガタしているところでも大丈夫なところが、日本生まれらしさがでている。普通におもしろそうだ。
そんなふうにかれこれ1時間ほど館林駅から散歩して、館林美術館についた。本来ならもう少し早くつくはずなのだが、当たり前のように道に迷ったし、道に迷ったことをあまり気にしない性格なので(散歩が好きなので)、当の本人はこんなもんかと思っていた。
美術館は敷地面積が広く、穏やかな空間だった。展示は都内のものと違って特別話題性を狙おうとしているような類ではなかったため、来場者はご老人がほとんどだった。なんとなくこんな場所にふらっと寄っただけの私は異質だっただろう。
美術館を囲うように水辺が張り巡らされており、穏やか過ぎてカモがたくさん泳いでいた。
ヒューマンビーイングという題目の展示だった。特別興味があったわけではなかったが、たいていの場合、美術館に行くときはいつも強い目的意識はない。
美術館には特別な空気が流れている。教会とかのそれに近い。静寂と、強い信仰心。芸術というものの力を信じている人間で醸成されているその空気感が好きで、作品自体は見てもほとんど「ほへぇー」くらいの感想しか持ち合わせていない。
ただ私も芸術の力を信じている人間で(芸術というより、もっと広義な暇な人間の営みくらいの意味である。必要不要という二軸で分断されない価値観といったところだろうか。)、人間の構成とは接している時間、場所、人の総量で形作られてしまうと思っているので、気が付かぬうちに仕事人間になってしまうので、美術館の空気を吸いにいきたいのである。仕事のことが好き嫌い関係なく、接する面積が大きいので、どんどん自分の中で仕事が重要なもののような錯覚を起こしてしまうのが怖い。仕事と、私が道に迷いながらも気にせず散歩していることは同じくらいくだらなく、等価なことだと噛み締めている。
Twitterにいるイキっているコンサルティングアカとかも苦手で、仕事という一軸だけで、何をそんな偉そうなんだろうと思っている。
美術館に対する私の所感はこんなところなのだが、せっかくだし、今回の展示会でよかったものの話をする(ここでいう良かったものとは質的な意味ではなく、私に思考の種を撒いた作品という意味なので、良し悪しはない)。
にしはらあずさの作品はよかった。この作品と、このリンク先一番上の作品が展示されていたのだが、造形が現代二次元絵的なタッチで、でかでかと美術館に収蔵されていると、まだ秋葉原にしか二次元イラストの広告が掲載されてなかった15~20年前くらいの、街で見かけたらヒヤヒヤするような時代を思い出す。その当時はあまりにもかわいすぎて(たいていの場合スカートが短く、目もパッチリとしていた美少女)、小学生とか中学生とかの自分は見てはいけないものを見ている気分だった。今では当たり前過ぎて何も思わないので、慣れとは怖いものである(街なかで当たり前のように甘露寺蜜璃とかいたときは心配になるけど)。
美術館にこういうタッチの作品が1つでもあると、親近感を感じる。自分が老人になるころにはこういったタッチの作品が多く古典として収蔵されると思うと、老人になった自分が懐古している横で若者が退屈そうに素通りしていく未来が見えてしまった。
上3つの写真は別館で、フランソワ・ポンポンの再現アトリエと、彼が制作した彫刻がいくつか展示してあった。アトリエってよい。響きがよい。
水辺がガラス越しに反射し、天井を揺らめいていた。
美術館からはここの道を20分ほど真っすぐ進むと多々良沼に行けるのだが、時間の都合上別に寄りたい場所ができたため、今回は断念した。
館林駅に降りてから立て看板をみて気がついたのだが、実は館林とは『宇宙よりも遠い場所』(通称よりもい)の舞台だったのだ。
その作品がすきなので、急遽雑に聖地巡礼してみることにした。
といっても、この作品は南極を目指す物語なので、主人公たちの出身だからといって、そこまで館林が関わってくることもないので、グッズなどは全然なかった。友達にもこの作品が好きな人がいるので、お土産を買おうかと思ったが、オリジナルのパッケージ醤油しかなかったので、さすがに醤油をあげてもしょうがないだろうと思い断念した。
帰りの電車は酷く疲れていたので、半分うたた寝気味だったのだが、南羽生駅というところを通りかかったところで、アナウンスから「みなみはにゅーです」と聞こえてきて、「クドわふたー」みたいなかわいい響きだなと思って、意味もなく小さい美少女を想像してしまった。だいぶ疲れているなと思って、また目を閉じた。
読んだ漫画の話
6巻読んだ。
バーナード嬢の新刊は最高で、私が唯一読んでいる百合といっても過言ではない(町田と神林が百合かは諸説ある)。
この作品はキャラの関係性がよくて、全然新キャラとか出さずに、圧倒的読書量からなる知識と、各々うがった(少しひねくれた)角度からの言及と、みんな仲良い感じが癖になる。
表紙は作中の一コマなのだが、このセリフもジーンとくるものがある。
あとずっと神林がかわいい。
(施川ユウキ著『バーナード嬢曰く。』7巻 80ページ)
伊坂幸太郎にハマって爆語りするシーンはめだかボックスでも読んでいるのかと思った。
(施川ユウキ著『バーナード嬢曰く。』7巻 24ページ)
(施川ユウキ著『バーナード嬢曰く。』7巻 92ページ)
(施川ユウキ著『バーナード嬢曰く。』7巻 138ページ)
あと物静かに見せかけて、感情が揺れ動きが激しい長谷川さんが今回もかわいい(まぁ一番すきなキャラは遠藤くんなのですが)。
君は放課後インソムニアを積読していたので、10巻から最終14巻まで一気に読んだ。
天文部高校生のボーイミーツガールなのだが、その眩しさたるや。読みながら身悶えてしまうほどである。
この作品は絵で魅せる作風なので、文字情報はあまりなくサクサク読めるが、絵の情報量が多く、キャラクターの感情の機微も書き分けるのがうまい作家なので、漫画でしか得られない体験がある。
どの話も好きなのだが、最終話は意見分かれそうだと思った。最後地味に二人の行く末をにごす感じ。ボーイミーツガールの最終話はすべて『月がきれい』方式で頼む。(最後のエンドロールで結婚するまでと、それ以後の円満な感じがダイジェストでダダーっと流れて視聴者もにっこりみたいな方式)
結局この二人は幸せなのかどうなのか気が気ではないため。たぶん幸せだと思うけども。
紹介した漫画の1巻。