オススメできる短編小説集。竹書房さん出版してくれてサンキュ⋯⋯という前置きをさておいてフラットに書くと、SFです。以下、ネタバレを含みます。
ということで、かなり品質の高いSF短編集です。中でも好きな話の感想を。
・一筋に伸びる 二車線のハイウェイ
事故で右腕を失ったアンディ、新しくつけた義手が、コロラド州の道路としか思えない。
わけがわからないかもしれませんが書いたままの話です。腕が別のものに思える、というのはまあ想像がつきますが、特定の道路となると割とめずらしいというか、なってみないとわからない体験だと思います。その体験が書かれているのがすごいですね。
日を追うごとに、右腕はますますコロラドにいるようになった。アンディは腕とコミュニケートしようと必死になった。腕はちゃんと働いてくれる。ただ別の場所にあるのだ。道であることは、慣れてしまえばそう悪くない。道はいろいろな場所へ行き来すると言われているが、実はそうではない。一日のあらゆる瞬間、道は同じ場所にとどまっている。
私はこういう『そうである』という話が好きです。最終的な喪失感の描写の良さといい、一番めにこの短編が入っているのはなかなかグッと来る構成に思います。
・いずれすべては海の中に
表題作。とんまなロックスターの女・ギャビーが浜に漂着した。助かったあとの嘘のインタビューと、その場その場の真実を交えて、ゴミ漁りの中年女性・ベイとの交流、そしてなぜこんなことになったかの顛末が語られる。
いわゆる世界終末系の、局所的な一風景の小説。存在感ある人間性の話。戯画的にギスギスしているわけではなく、ギャビーの必死さから見え隠れする憎めない性格と、ベイの奥行きのある生存力がいい感じに反発しておしゃれな会話になっています。
「あのときはいい考えだと思った」
「世界中の半分の人間の墓碑銘に使えそうな言葉だね」
連絡の取れなくなった妻を想い続けているベイと、虚飾の船から失望とともに降りてきたギャビー。
いずれすべては海の中に沈むかもしれない世界で、いままでと違う暮らしと新曲が這い上がってくる。そういう話でした。人類の生き方と感情、二つの変化を交差させたいい話。
それにしてもギターが弾けるのってアドバンテージですね。私にもそういう特技があればいいけど。絵とか描けるけどどうかな。
あと、私はおしまいの世界で人々があんまりパニックにならない温度感のお話に信頼を置いてます。人間の本質的な善良さと、なんとか秩序を維持しようとする集団の力が働く展開の方にリアリティを感じるからですが。
現状ではパニック描写が正しいとされ、理性的な人間生活はまやかしと描かれることが多いですが、現実の記録が容易になって久しいため、今後はアンチパニックが主流になるんじゃないかと踏んでいます。途方に暮れてからがんばる、という現実感のある話が面白いかはわかりませんが。
・彼女の低いハム音
本物のおばあちゃんが死んでしまったあと、父さんが新しいおばあちゃんを作ってくれた。
いい書き出しですね。ロボおばあちゃん。ブラウスの中に鳥かごがあり、そこに物を詰められる。そして女の子、彼女のお父さん、ロボおばあちゃんは車に乗って、船に乗って、遠くの街へ。
女の子の一人称なので、何が起こっているかまったくわからず、目の前の話しか存在しないのが郷愁を思い起こしました。たぶん国でよくないことが起こっている。でも、いい話。
・死者との対話
ちょっとNetflixドラマっぽい話。AIに情報を与え、殺人事件を再現するミニチュアの家。それを発明したイライザと、模型作りでパートナーになる⋯⋯かもしれなかったグウェン。
やっぱりねというか、予想のつく理由で決定的に離別する二人。結局のところ、その人本人は"絶対に"再現できない。出来事、思い出、オチの三つが虚しい話。
私のことを覚えてる人が百人集まって私を再現したとしても、"絶対に"私を再現できない。私しか知らないことはたくさんある。みなさんもそうでしょう。
・孤独な船乗りはだれ一人
男女絶対殺すセイレーン VS 児童労働の少年。
ジェンダーSFにあたると思います。実際は少年ではなく先天的にどちらでもない⋯⋯ではなく、大抵の人間が考える必要もない形で、自分が何者か知っている人間。
間にいるけど囚われていない、ここにいる、というのはいいですね。何にせよ、肝はレスバトル歌合戦での勝利なので、短編の中でも特に爽快感のある話。
・風はさまよう
地球の記録たくさんと、乗組員たくさんを乗せて、いざ出発した大宇宙船。ところが、大切な記録が全部消えてしまった。
話のテーマは全く違うところにあるんですが、みんなが記憶に基づいて映画タイタニックを再現して撮り直す、というシーンで、なんかハッピーエンドになってたのが妙に面白かったです。二人とも助かったっけ……そうだったかな……そうかも……?
・オープン・ロードの聖母様
バンド活動をがんばってる人たちになんやかんやトラブルがあってすごく大変といった話。こうして見ると音楽の話が多いですね。
あんたの怒りは間違った怒りになる。みんなのためじゃなくて、自分のための怒りだ。
私は怒りの正誤について、対象ではなく内容だと考えていたので、この視点は覚えておこうと思いました。
・そして(Nマイナス1)人しかいなくなった
マルチバースでの自分が何人も集まったとして……そこで殺人事件が起こったら……どうする〜!?
といったことはマルチバースが流行り始めたころからみんな考えたのではないでしょうか。書いてくれましたね。探せばもしかしたら他にもあるかも。割とエンタメ寄りの話だと思います。
設定が面白く、動機も面白い(他にない)、それだけに殺人事件部分が割と簡単なのが気になりました。
動機が他にないとは書きましたが、人生が破綻して、人間関係が破綻していても、後悔と喪失しかない成功者の人生よりはそっちがいい、というのは普遍的なモチベーションかもしれませんね。存在してほしいという願い。マルチバースの流行とかもそういうことなのかな。
長くなってしまいました。普段は謝辞のページが苦手なんですけど、この本は謝辞もよかったです。