私はいつもSpotifyでいつも特定のラジオばかり聴いているのですが、ちょっと幅を広げてみようと思いまして、ゲーム制作者の小島秀夫監督の配信を聴いてみました。その第一回でおすすめされていたのが本書です。
1967年、放棄されたアメリカ軍基地。グリーンランドの氷に閉ざされたこの場所で、不可解な火災事故が起こる。同じ場所で焼死したにも関わらず、一人は無惨な焼死体が残り、もう一人は灰と僅かな歯、そして骨しか残らなかった。
主人公の精神科医ジャックは、ただ一人生き残った兵士・コナーに話を聞こうとするが、彼は全員大火傷の重症患者のうえに、事故のショックで記憶を失っており……
という出だしのミステリー小説。以下、ネタバレを含みます。
事件現場がもうないということで、ジャックさんがコナーくんにお話を聞く一部屋ものだと考えていたんですが、全然違いました。ジャックは割とアクティブに動き回るタイプの人でした。足で捜査し、いろんな人に話を聞きに行く。特に終盤近くの行動はえらい大胆でびっくりした。えらいことするなと思った。ひどく簡単にまとめるとスパイ活劇要素のある正統派ミステリといったところです。
ジャックも複雑な過去の持ち主で、その過去が精神科医になった理由とも繋がってくる。折り合いをつけるために、折り合うのを手伝うために。この折り合いをつける、というアプローチがのちに出てくる希望論の地盤になっているように思いました。
『ジャックは言い換えた。「希望だ。思いこみとは違う。希望とは、空想と現実の均衡を保つことだ。その均衡が崩れると、ひとは妄想に苦しむことになる。彼なら均衡を保てると思うかい?」』
—『極夜の灰 (創元推理文庫)』サイモン・モックラー著
希望それ自体は、生きる力を話題に出すときによく出てくる概念ではありますが、均衡という考え方は新しく、そして現代的で、私にとって結構しっくりきました。亡くなってしまったジャックの妻のミヨコが遺した『花も団子も』という言葉も同様です。(飢えている時でさえ、食べ物と同じように、心も満たすことが必要という意味)
また、サイコパスという言葉がまだ存在しない時代設定のため、犯人像にたくさん説明が必要なのも印象的でした。とはいえサイコパスが犯人なのでエンタメ小説的でもあります。均衡が取れています。
トリックに関しては、「医療ミスの時点でわたくしはうすうす気づいておりましたけど!?」とドヤりたかったんですが、『現在進行形を使った』という一点を持ち出してさらなる真相に気づいたジャックのほうが上手でした。負けたよ……
好きな登場人物はコナー。あとはフランクでしょうか。もしも続編が作られるなら、活躍を期待したいです。