『虎に翼』では、あっという間に戦争が終わったけれど、猪爪家の戦後は厳しいものである。寅子の兄の直道は戦死し、父の直言は体調が優れず働くことができなくなってしまった。成人の男手は自分だけだからと、今は大学進学より働いて家を支えるという弟直明の姿を見ていると、寅子がかつて結婚よりも法律を学ぶことを選んだ時に立ちはだかった壁と似たものを感じる。もちろん女性の寅子と男性の直明、時代も戦前と戦後と状況はまるで違うけれど、現在の直明もまた、当時の寅子と同じように学ぶことを世間の事情によって阻まれている。寅子の場合は、それに対して抗えるだけの実家の経済力と学習環境が整えられていたけれども、今の直明にはそれらは全て失われた。東大の入学式を伝えるニュースも聞き流し、物分り良く諦めて表面上はにこやかに前向きにスンッとするしかない。ここにも、80年近く経った今でもいまだに変わらない光景があると思った。そして寅子はそれに「はて?」と思ったからこそ、再び弁護士として働こうと動いたり、直明に自分の蔵書の本を勧めたりしたのだろう。
これは余談だが、今回、直明がこの一冊だけはと手元に残し何度も読み込んだというアドラー著『問題兒の心理』について、県内図書館の蔵書検索をしてみたところ、広島大学の図書館にあった。さすが教育系の旧広島文理科大学が母体の一つになっていた大学だけのことはある。書影は確認できなかったけれど、発行年が1941年とあったので、おそらく今日の『虎に翼』で直明が手にしていたものと同じ本ではないかと推測される。