源氏物語「明石」の帖を読む。
冒頭からの激しい風雨の描写が印象的。稲妻が走り、波も荒れる。その不穏な空気は、都にも災いをもたらす。桐壺院が光君の夢枕に立ったり、六条御息所の名前が出てきたり、イザナギ、イザナミの子(ヒルコ)も出てくる。なにか黄泉平坂――黄泉の世界を想像させる帖。須磨という土地が、あの世とこの世の境界線になっている。
主人公が「冥界に行って戻ってくる」という話は、近代小説でもよく出てくる。毎度例に挙げて恐縮だが、漱石の一連の小説(『坊っちゃん』『坑夫』『門』『明暗』など)なんかがそうだ。村上春樹の小説もそう。二つの世界があって、境界線を越えて、主人公が行って帰ってくる。
面白いのは、光君もそうだけど、漱石や村上春樹の主人公たちも、冥界に行って帰ってきても「何も変わらない」。村上春樹の『海辺のカフカ』では、『坑夫』を例に挙げて、主人公にそう言わせている。「何も変わらないのがいい」と。その真意は測りかねるのだが、村上春樹は古文の教師だった父親の影響で源氏物語に触れているはず。『海辺のカフカ』にも源氏物語の名が出てくる(たしか)。漱石も村上春樹も、「須磨」「明石」の帖から、なにかインスパイアされたのかもしれない。いささか牽強付会かもしれないけど(笑)