頓服薬が効いているときはなだらかな心地になる。強風によって荒れに荒れていた海面が、ぴたりと風が止んだせいで不自然に落ち着くような感じだ。それまで聞こえていた耳鳴りや聞こえている気がしていたざわざわとした不安感を表すような音がぱたりと止む瞬間は、心地よくもあり不気味でもある。それまでぐるぐると加速するように頭蓋内をかき乱していた思考の渦も霧散する。質量を持っているかと錯覚するほどに重く、暗く、激しい渦は今ではまるで最初からなかったかのようだ。薬が効く度に思う。苦しくないということはこれほどにまで心地よいことなのかと。健常な人は味わうことのない心地よさの類だと私は思う。もっと狭めて言うのなら、私と同じ状態ではない人は味わうことがないのかもしれない心地よさだと。また、同時に良くない考えが頭を過る。『この苦しさから逃れられるのならもっと多い回数服用したい』と。
きっと服薬するのが遅いのだと今なら思う。苦しくなる前、もしくは苦しくなり始めたころに飲んでいないために効果が薄くなっているのだろう。冷静な頭で毎度思うことだ。しかしそれは冷静な頭だからこそ考え付くことだ。思考の渦に苛まれている間は他の思考が挟まる隙間などないのだから仕方がないとも言える。そうなのだが、こうも毎度毎度繰り返していると「またか」と思ってしまうのも正直なところだ。苦しみに悶える、服薬する、苦しみが和らぐ、遅かったなと反省する。ここまでが一つのルーティーンになってしまっている。これではいけないとはわかっているのだが、薬が深く深く効いてきており、思考がまとまらなくなってきている今では大した策も浮かばなかった。
今日はもう横になってしまおう。そして起きてスッキリとした頭で、本腰を入れてこれからのことを検討しよう。そう思いつつ、キーボードから指を離す。泣きだす前に服薬できたのは間違いなく快挙なのだから。