「……というわけで、井の頭公園駅から徒歩15分が、わたくしの実家。母方のお祖父様お祖母様と……不出来なお兄様と同居ですのよ。ご足労を掛けて申し訳無いですわ、ね」
ハチミツはそう言いながら溜息。両手前に行儀良く下げた地元和菓子屋の袋に彼女の服が触れるたび、しゃらしゃらと乾いた音がする。 「いいんだよ、ハチミツさん。散歩は健康にいいし、駅から離れてきたから、道端に草花も見えるよ。たんぽぽも春になったら咲くね」
オリヴィエは美しい緑の目を細め、子供らしく無邪気に微笑む。
「あとね。フランスのお菓子も持ってきたんだよ。クイニーアマン。紅茶にも緑茶にも合うんじゃないかな」
「まぁ。オリヴィエはそんなお気遣いをなさらずとも。……ああ、もう見えてまいりました。ここですのよ。日本伝統の古民家、と言えば聞こえは宜しいのですが」
言ってハチミツが指を指したのは、悪い言い方をすれば『オンボロな日本家屋』。読み取れないほどに古び煤けた表札からは、辛うじて母方祖父母の姓が読み取れる。
◆
ハチミツは、お花のキーホルダー付きの鍵で引き戸を開ける。
「只今帰りました」
がらがらと音を立てて、オリヴィエを玄関口まで招くと、暫くの沈黙。
の、後。背の高い青年がやってきた。廊下を横に滑ってスライディング参上でやってきた。
「は……ハッちゃんおかえり……? ッてその子誰?クラスメイトかナニーカ? ……まさか彼氏とかじゃねーよな! そういうの7歳にはまだ早いと思うなーオニイチャンは! あ、おチビ男子ちゃんへの紹介遅れちった。オレはハチミツの兄のマサムネな」
と、初対面でアホ丸出しな自己紹介をするハチミツの兄。
再び溜息をする妹のハチミツ。
「……勘違いをしないで下さる、お兄様?この方はオリヴィエと言いまして、クラスやクラブで仲良くして下さる『良い子のお手本』様なんですのよ。お兄様のお考えになっているような、邪な関係などでは御座いません」
後ろで『くすり』と笑う様なオリヴィエの声がしたが、これは純粋な兄妹喧嘩に笑ったのか。呆れたのか。後ろを向いて赤面で兄のアホさを耐えているいるハチミツにはわからなかった。
「兎も角、お茶に致しましょう?わたくしは地元の和菓子屋さんでお団子と芋羊羹を、オリヴィエはクイニーアマンを持って来て下すったのよ」
とハチミツが言えばすかさず、
「OK、ハッちゃん! 今じっちゃばっちゃ買い物出てッからオレが今急いでお茶淹れ…… ……ッつ~……」
マサムネは本人の言葉通り急いで茶の間に向かったが、勢いか、襖の天井との高低差かで頭を勢い良くぶつけた。
ハチミツ、本日三度目の溜息。
ちゃぶ台には保温ポットで淹れた湯呑みが二つ。来客用のソーサー付きティーカップが一つ。和菓子と洋菓子の皿が二つ。灼滅者達は春が近づく夕暮時の茶会を愉しむ。
せめてもの、束の間の平和を。