むかしむかし、ある小さな国に、とてもさみしがりやのお姫さまがいました。王であるお父さまも、王妃であるお母さまも、それはそれは深い愛を注いできましたが、お姫さまのさみしい気持ちがおさまることはありませんでした。
そんなお姫さまが十つになった年のことです。両陛下に王子が生まれました。つまり、お姫さまに弟ができたのです。
王子は愛情深い両陛下や心やさしいお付きの者たちにかこまれて、すくすくと育ちました。王子はよく笑う元気な子になり、みんなからの期待を一身にせおうようになりました。この王子が大きくなれば、いい王になるだろうと、だれもがうわさします。
ですが、ただ一人、お姫さまだけは王子を受け入れられずにいました。ただでさえ足りていなかった愛情を王子にとられたと感じたからです。
お姫さまは、一人、部屋にこもることが多くなりました。大きすぎるベッドでひざをかかえ、じっと、さみしさとたたかうのです。そのひとりぼっちのたたかいは、お姫さまの自信ややさしさを、どんどんけずっていきます。そのうち、だれかと話すのをこわく感じるようになっていきました。もしかしたらきらわれているかもしれない、もうだれも愛してくれていないのかもしれない、と思うと、うまく声が出せないのです。両陛下とも、おつきの者とも、話すことはほとんどなくなりました。ほんのたまに、ひとことふたこと、言葉を交わすだけです。
そんななかで、よく考えるのは王子のことでした。自分と王子は、なにがちがっていて、どうして王子はあんなに自信たっぷりに愛されているのか。考えても考えても、答えは出ません。
毎日、お姫さまは考えて考えて、考えすぎだと言えるほど考えました。そして、とうとうがまんできなくなってしまいました。
ある日、声にならないさけび声をあげて、お姫さまは部屋を飛び出しました。そしていきおいにのって、長いろうかを走り、広間をぬけ、広い庭をぬけ、橋を対岸へわたり、とうとうお城の外に出てしまいました。
見なれない景色を見てようやく、はっとしました。後ろをふりかえってみましたが、だれも追いかけてきていません。ちょうど城内は王子の数回目のたん生パーティーをじゅんびしていて、みんな小走りをしていたので、お姫さまが走っていてもだれも気にとめなかったのです。そうして、だれも追ってこないのを知ると、心がきゅううっと冷たくなるように感じました。さみしさとたたかっているときと同じ気持ちです。
お城にもどるか、このまま進んで行くか、自分で決めなければなりません。少しまよってから、お姫さまはお城とは反対の方向へ足をふみ出しました。
お姫さまはとにかく歩き続けました。
しかし、いつもはお城のなかでじっとしているので、歩くのになれていません。お城から一時間もはなれないうちに、つかれてしまいました。道にすわりこんで、どうしようかと考えました。考えて考えて、でも答えは出ません。こんなことは初めてだからです。とにかく休もうと思いました。
お城のなかを歩くためのくつをはいているので、足がきゅうくつで、いたくなってきました。桃色のかわいらしいそのくつを、えいっといきおいよくぬいでみました。いたみは少しなくなり、かわりに風が気持ちよく足のうらをくすぐっていきます。お姫さまはその場にねころがってみました。きれいにととのえた髪がくずれ、ほおには草がふれています。目の前には青くて広い空。外でくつをぬぐのも、ねころがるのも、初めてのことでしたが、とても気持ちがよく、開放的です。
その開放感に身をまかせ、いつのまにかねむってしまっていました。
目をさましたのは、自分を呼ぶ声が聞こえたからです。おつきの者の顔と、王室の馬車が見えました。お姫さまがいなくなったことに気がつき、さがしに来たのです。
さしだされた手をにぎり、お姫さまは起き上がります。そして、馬車に乗り、お城へとかえっていきました。
お城にかえると、王も王妃も涙を流しながらお姫さまを抱きしめてくれました。王子もぎゅっと抱きついてきました。
お姫さまは、今初めて、満ち足りた気持ちになりました。お父さまとお母さまがどんなに自分をおもってくれているか、弟がどれだけ自分をしたってくれているかを、しっかりと感じ取ったのです。
以後、お姫さまは、さみしがりやではなくなりました。さみしいと思うときは、一人でたたかうのではなく、だれかのそばにいるようになりました。
ささやかな遠出が、お姫さまの心を少しだけ楽にしてくれたのでした。
おしまい