虹色の鱗と銀色の翼
彼はとても美しかった。身体をうねらせて泳ぐ姿や大きく羽ばたく姿は神話の生物を思わせた
そして彼は強かった。鱗はどんなものからも彼の身体を守ったし、翼は力強くどこまでも飛んでいけた
しかし彼は孤独だった。彼には仲間がいなかった。海を泳いでも、空を飛んでも、彼はひとりぼっちだった
そんな彼はいつも人間を見ていた
波の間から、雲の間から
人間は美しくなかったし強くもなかった
鱗も翼も持っていない
人間はいつも群れている。群れることで弱さを隠そうとするかのように
群れで固まり、寄り添い、結ばれて、次の代につなげていく
彼はずっと、そんな人間が羨ましかった
彼は人間に触れた
少しでも爪を立てれば破れてしまいそうなその肌は、彼の美しい虹色の鱗の前では、ぼろきれ同然の粗末さだったが、彼にはとても愛おしく妬ましく感じられた
「人間になりたい」
彼は必死で自分の鱗をむしった
鱗を取れば人間になれる気がしたのだ
彼が鱗をむしる。人間がその鱗を拾い、加工する。尚もむしる。鱗の山ができる。また人間が拾う
何度繰り返しても彼の鱗は消えなかった。またびっしりと生えてきてしまうのだ
その行為は何年も続いた。何十年も何百年も。人間は鱗の山がどうしてあるのか、すっかり忘れてしまった。よい行いをした者だけが、鱗の山の向こうに行かことができるのだ、という言説まで浸透した
数えきれないほどの数をむしった後、彼は深く絶望し、とうとう、むしるのをやめた
そして、最後に月に願った
「人間にしてください」
必死の願いが月に届いたのかはわからない。月はいつもあいまいな笑顔を浮かべているだけで、答えを返してくれやしない
けれども、その後、鱗の山は無尽蔵の山ではなくなった
山が少しずつ平らになり、多くの人間が向こうへ越えられるようになった後も、誰も、彼の姿を見た者はいないそうだ